中国美術・書画

【第5回- ②】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは~クラニャンです♪

昨日は、汝窯を考えるシリーズ第5回「汝窯ってこんなもの…?」と題し、①青白磁(景徳鎮窯)=汝窯ではないか?という、20世紀初頭のイギリスで提唱された説をご紹介しました。
本日はその続きとして、②耀州窯=汝窯?という説について考えてみたいと思います。

【第5回】汝窯ってこんなもの…?
     20世紀前半における汝窯像の変遷

②耀州窯=汝窯?(1931年~50年代頃)
1931年2月、原田玄訥(はらだげんとし)師という西本願寺の僧侶が中国で大きな発見をしました。
河南省の臨汝窯(りんじょよう)という古い窯跡を調査中、:hoshi1:青磁の陶片:hoshi1:を見つけたのです。
なんでお坊さんがやきものの調査をしているの?と思われるかもしれませんが、こちらは同じ本願寺派の法主 大谷 光瑞(おおたにこうずい、1876-1948)師 ↓から与えられたミッションでした。

大谷 光瑞

大谷 光瑞師(Wikipédiaより)

大谷師は仏教資料の研究のため、西域の調査を精力的に行った人物として知られています。
3度にわたり派遣された「大谷探検隊」(1902-14年)↓ は、シルクロード研究を大きく前進させたことで有名ですね。

大谷探検隊

大谷探検隊(龍谷大学文学HPhttp://www.let.ryukoku.ac.jp/about/isan.htmlより)

 

さて大谷師の命で発見された青磁の陶片ですが、当時の日本人はこれこそが汝窯だろう!と考えました。
原田師が調査した河南省の臨汝窯(りんじょよう)は、その後おとなりの陝西省で発見された耀州窯(ようしゅうよう)の一系統とみなされますが、その作風は次のようなものでした。

耀州窯

愛知県陶磁資料館HP「中国陶磁器生産地地図」に加筆

 

耀州窯

《青白刻花牡丹唐草文瓶》耀州窯、北宋時代、大阪市立東洋陶磁美術館(『聚美』Vol.22、46頁より)

 

なんと、今まで見てきた青磁とずいぶん印象が違いますね~Σ(・ω・ノ)ノ!!
オリーヴグリーンの釉薬がシャープな彫り模様に溜まり、なんとも渋い風格を醸し出しています。
当時の人々は、このような厳しさをたたえた造形こそが宮中の御用品に相応しい美だと考えたようです。

しかし、北宋の皇帝が目指した青磁は「天青色」であったはず。
「天青色」とは、「雨過天青 雲破処(うかてんせいくもやぶるるところ)」という言葉から生まれた色名です。「雨上がり、雲のあいだからのぞく空の青」という意味ですね。

雨過天晴

大阪市立東洋陶磁美術館HP(http://www.moco.or.jp/exhibition/past/?e=366)より

 

北宋に先立つ後周時代、皇帝の柴栄(さいえい)が理想の青磁の色をこのように表現し、その実現に尽力するよう御用窯に命じられたと伝えられます。
しかし、天空のような澄んだ青色を出すのは至難の業。それをやっと実現させたのが、北宋8代皇帝の徽宗がつくらせた汝窯青磁だと言われています。

柴栄や徽宗は、雨上がりの青空を国難を乗り越えて得られる平和の象徴とみなしていたそうです。
そう考えると、耀州窯のオリーブ色はちょっと違うのではないかな~と思いませんか?
深みのある素敵な色味ですが、雨上がりの空がこんな色だったらちょっと嫌かも…(;´・ω・`)

でもわが国では、このような耀州窯の作品を汝窯とみなしていた時期があったんですね。

次の第6回はいよいよ、これらの先行する汝窯像を覆し、その実像に迫ったパーシヴァル・ディヴィッド卿の功績についてご紹介します(^▽^)/

 

By クラニャン

なお、耀州窯に関してましては、出川哲郎氏「耀州窯の青磁について」という記事に詳しく説明されています。
(大阪市立東洋陶磁美術館HP http://www.moco.or.jp/journal/171/
ご関心のある方、ぜひご覧くださいませ。


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【第5回 - ①】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは、クラニャンです!

今年10月初めに、香港サザビーズの競売で「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額で落札されました。 このニュースをきっかけに、くまねこ堂ブログでは「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、シリーズで考えてまいりました:hoshi1:

汝窯

「北宋汝窯天青釉洗」([香港 3日 ロイター]より)

第1~3回(10月15日~17日)ブログでは、まず汝窯青磁のイメージをつかむため、近年の国内展覧会から実際の作例をいくつか検討しましたね。
後半の第4~7回では、汝窯の研究史を振り返りながらもうすこし深く勉強していきたいと思います。

 

前回第4回(10月22日)は、「『汝窯』という名称はどこから出てきたの??」というテーマでお話ししました。
「汝窯」は、宮廷御用達のやきものを指す名前として、早くも北宋末~南宋時代の諸文献に登場します。
しかし長らく研究史上では、その「汝窯」が実際にどのような作品群を指しているのか突き止められずにいました。
今日明日は、第5回「これが汝窯…?」と題し、20世紀前半の研究者たちが抱いていた汝窯像の変遷を見ていきたいと思います。
なお前回に引き続き、『聚美』Vol.22、学研プラス(Gakken Mook)、2017年を参考文献としています。

 

【第5回】これが汝窯…?
     20世紀前半における汝窯像の変遷

①青白磁(景徳鎮窯)=汝窯?(20世紀初頭の説)
20世紀初頭、イギリスの研究者を中心に提唱されたというのが、汝窯とは「青白磁」↓ のことではないか?という説。

青白磁

《青白磁瓜形水注》景徳鎮窯、北宋時代、大阪市立東洋陶磁美術館(上掲書、45頁より)

んん…?これって青磁?白っぽく見えるけど…と思われるかもしれません。

そう、「青白磁」は青磁ではなく、青みがかった「白磁」に分類されるやきものです。
こちらは一般的な白磁と同じように、純白の胎土に透明な釉薬をかけてつくられますが、釉のなかに微量に含まれる鉄分が還元焼成によってうっすらと青く発色しています。以下↓の青白磁には、青みがもっとはっきりと出ていますね。

影青

「浦上蒼穹堂」さま2013/09/30コラムより(http://www.uragami.co.jp/blog/2013/09/19.html

 

青白磁は、宋・元時代の景徳鎮(けいとくちん)窯↓で盛んにつくられ流行しました。「影青(いんちん)」とも呼ばれ、月の光を浴びてぼんやりと発光するような青色が美しいとされています。

景徳鎮 地図

愛知県陶磁資料館HP「中国陶磁器生産地地図」に加筆

 

20世紀初頭のイギリスでは、このような磁器こそが宋代の文献に名高い「汝窯」だ!と考えられたのですね。

第5回「汝窯ってこんなもの…?」は明日へと続きます♪
by クラニャン


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【連載第4弾】中国文物局による文化財海外持ち出し禁止条例について【書籍 編】

「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」に基づいた「文化財海外持ち出し審査基準」の考証、第四回目の本日は「7、図書文献」について、くまねこ堂流に掘り下げていきたいと思います!

今まで取り上げてきた項目はいずれも生活に関するものなので「生活資料の貴重品」でありますが、やはり機密文書や重要な情報を含む「図書文献」に関しては簡単に片付けることはできないようで、表を見る限りでは「1949年以前のもの」の規準が多く、かなり厳しく設定されているような感じを受けます。
博物館に展示されているのをご覧になったことがある方も多いかと思いますが、書籍のルーツといえる「竹簡、木簡」に関しては文字が無いものから一律持出禁止となっております。

7図書文献
7.1竹簡、木簡 文字が無いものを含む 一律持出禁止
7.2書簡 1911年以前のものは持出禁止
有名人の書簡 1949年以前のものは持出禁止
本人またはその親族の一般的な往来書簡はこの限りではない
7.3原稿 1911年以前のものは持出禁止
重大な歴史的事件と関係するもの、或いは著名人が書いた重要な文献、電報、手紙、題字、代表的な著作の原稿等 一律持出禁止
本人に属する手紙、題字、代表的な著作の原稿等はこの限りではない
7.4書籍 1911年以前のものは持出禁止
例えば図書集成、四部双書、双書集成、万有文庫等、残存量が多くない木版書、及び石印、鉛印の大部双書(揃っているもの) 1949年以前のものは持出禁止
重要な歴史的、学術的価値を有する新聞・雑誌、教材、図書等 1949年以前のものは持出禁止
重大な影響を有する出版物の初版或いは最も古い版 1949年以前のものは持出禁止
指導的人物の重要な注釈手跡があるもの 一律持出禁止
地方誌、家系図、族譜 1949年以前のものは持出禁止
7.5図籍 各種方式で印刷及び制作された天文図、地図、水道図、水利図、道程図、国境警備図、戦功図、製塩場図、行政区画図等 1949年以前のものは持出禁止
非公開で発売された各地の地図等 一律持出禁止
7.6文献・身上調書   1911年以前のものは持出禁止
重要な歴史的価値を有するもの 一律持出禁止
重大な事件或いは各群衆運動の中で配布、貼り付けられた宣伝ビラ、スローガン、漫画等 一律持出禁止
重要な戦役の戦況報告及び関連する宣伝品等 一律持出禁止

木簡が最も使用されたのが8世紀末ということなので、この時代に書き込まれたものが中心となると海外持ち出し禁止に指定されるのも頷けますよね。

また書簡、原稿なども持ち出し禁止のほか、なんと1949年以前に出版された書籍も一律持出禁止ということでなかなか厳しい!
中国のある古書通信販売店の総括サイトの日本語訳ページに目を落とすと『尚、出版形態の如何を問わず、軍事、政 治、思想、少数民族等に関する本で、上海港より出港時の税関検査等において当局に没収されそうな内容の本は、ご注文をお断りする場合がありますので、予めご了解下さい。』との記載があります。…まぁ、それは条例ですから当然の記載なのですが、それとは別に発送の規定を見てみますと「尚、ご注文頂いてから概ね二ヶ月経ってもお手元に到着しない場合は、何らかの理由で入手が出来なかったとお考え下さい。」って…。利用するのに覚悟を必要とするような記載がありました…。

またついでにはなってしまいますが、2012年にあるニュースが中国で報道されています。
50代の日本人男性が中国の海外持ち出し禁止条例に該当する漢籍(中国の和本)を日本に持ち帰ろうとして失敗したというものでした。
関税で没収された紙袋二つ分の漢籍と骨董品は、広東省文化財鑑定部での鑑定が行われましたが、58品のうち57品は持ち出し禁止の規定に該当するもので、残りの一品は持ち出し制限品というものだったそうです。
その後この男性がどのような処分を受けたのかはわかりませんが、意図的に流出を計画していた場合には懲役刑や罰金刑などが科されるそうです。
※没収された書籍の画像を見てみると表題に中国の随時代以前につくられた詩をまとめた書籍「古詩源」などが写り込んでおります。

骨董だけではなく中国の古書事情も見えてくるようですね。
それでは次は第5弾、中国文物局の海外持ち出し審査基準よりランダムでピックアップし、持ち出し禁止品について取り上げていきたいと思います!!

こばちゃん

【杉並区善福寺】 絵画、酒瓶大量(サントリー等)、酒類ノベルティ、ビアマグ、日本刀、銀製品(タバコケース、銀杯)、戦時品、ベルト、切子グラス(デカンタ)、腕時計、レコード、ガラス瓶、置き物、万年筆、ネクタイピン、記念コインなどをお譲りいただきました!


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今回お譲りいただいた中には、『復員引揚の皆様への栞』(香川県厚生課・同胞援護会香川県支部)、『復員の手引』(舞鶴上陸地支局)など、大東亜戦争から帰還した復員者に配布された貴重な冊子や書類などがございました!
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戦後50年と言われた時代からはや20年以上も経過し、今年で戦後72年という歳月が流れました。
兵士として戦地に赴き、或いは銃後を護った世代も90代以上の御高齢となり、今やなかなか当時の話を伺うのも難しい時代となりつつあります。
仙花紙といわれた粗悪な洋紙に印刷された案内の数々はかなり興味深いものばかり。
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『復員の手引』に目を落としてみますと、
【皆様長い間ほんとうに御苦労様でした。幾多の苦難を突破して今日祖国日本への期間が実現しまして皆様の御喜びは如何ばかりでせう。私達も心から御喜び致します。又御留守宅ではどんなに御待ちでせう】
とあり、このやさしい言い回しに胸を打たれる思いがいたします。
【後一両日であこがれの内地に到着されますが終戦後祖国は明朗に又健全に復興を続けております。どうかご安心下さい】
とあるので、復員船に乗船した際に配布されたものであろうことが推測でき、また実際の日本の状況とは異なる「明朗」「健全」「復興」などの希望の言葉が散りばめられてあるのが引っ掛かります。
他に貴重な記載として、復員者の支援がどこでどのように行われていたかが明確に記されており、「元陸軍省が復員局になった」「厚生省の中に引揚援護院が開設されていた」などなど、とても勉強になります!
また「未だに帰らない人々の消息を教えてください」「帰郷されたら」などの解説がされておりますが、私が注目したのは「身分処理について」という部分。
【軍籍にあったからとて  内地に帰還してから労役に服したり、戦争犯罪者に問われたりすることは決してありません。安心して家庭に帰れます。】
とあります。終戦後に多くの噂が飛び交い、戦犯として処分されるのではないかと軍籍のあった方々や文化人の方々まで心配されたということを耳にしたことがあります。それにしても、生々しく当時の様子が伝わってきますね。

また香川県で発行された『復員引揚の皆様への栞』には、
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【皆様を迎へる日本の国状は予想以上に荒廃して居ります(略)】と記されてあります。

これらを踏まえ、復員の流れとしては
《外地で復員船に乗船》→《舞鶴港・函館港に到着》→《予防接種やDDTを受ける》→《日本に上陸》→《復員連絡所》→《帰宅》
となっていたようです。

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買取をさせていただいた中には、日本に上陸するにあたって受けた予防接種の證明書も含まれておりました。現在の日本では耳にすることはありませんが、当時としては身近な恐ろしい病気であった「コレラ」や「腸チブス」(チフスに非ず)などが記されております。

本当に戦争とは大変なことなんだなぁとつくづく感じられる貴重な資料ありがとうございました!

このようなことを書いていると、耳の奥底から田端義夫さんの「かえり船」が聴こえてくるようです。

byこばちゃん

 


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◆神奈川・鎌倉◆ ロックバンドの帯付きレコード ギャグマンガ(モーレツア太郎、がきデカ、トイレット博士、ド根性ガエル) 、古銭、象牙の像、ミニカー、キャラクター消しゴム、古書などをお譲りいただきました!


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本日お譲りいただいた中には、「弥栄(いやさか)」と記された昭和30年代?の芳名帳がございました!
どのような会だったかは記録がありませんでしたが、栄転だったりお祝い事だったと推測ができます。

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何気なくページをめくっていると、とんでもない人たちの名前が!!
腰を抜かしそうになりつつ確認していくと…

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昭和を代表する写真家のひとり岡田紅陽(1895-1972)は日本写真協会の設立者。写真マニアの私にはドキリとさせられるビッグネームです。
そして極め付けは、こちらの二人!!!

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「藤田小女姫」「早川雪洲」の署名!!!すごすぎて眩暈がいたします。

まず藤田小女姫(1938-1994)は少女時代から「天才少女」「十代の生神様」と謳われた占い師。政治家などの大物たちを顧客としながらも若く愛くるしい容貌がメディアで取り上げられてアイドル的な人気を集めておりました。しかし息子とともに暗殺されるという謎に包まれた生涯を終えることになります…。
そんな小女姫氏のうら若き頃の署名になります。

そしてそして早川雪洲(Ⅰ886-1973)といえば、日本人初のハリウッド俳優であり、ハリウッド映画史上一番最初のスター俳優ともいわれている方です。1914年に映画俳優デビュー後、東洋エキゾチックの代表的な人物としてアメリカで絶大な人気を博し、プライベートでは城を買取り、毎晩豪華なパーティーを主催。ある雨上がりの日、パーティー会場入りしようと車から降りた雪洲の目の前には大きな水たまりが…
すると駆け付けた女性ファンたち、自分たちが着用していた高価な毛皮を水たまりに投げうって雪洲の靴を濡らすまいとしたという逸話が残されております。

関連画像

日本に帰国後も映画や舞台俳優として活躍し、現在観られる作品には1937年にドイツの映画会社と提携して制作された「新しき土」があります。本作品では若き原節子の父親役として重厚な演技を示しております。
また晩年にはハリウッド映画「戦場にかける橋」で、その存在を再び示したことは、あまりにも有名だと思います。早川氏の豪傑的な人物像を物語るような、力強い筆跡ですよね!

私の独断と偏見で三人しかご紹介できませんでしたが、今回の芳名帳には政治関係、芸能関係、報道関係などなど、幅広い方々の名前が見受けられ、どんなパーティーだったのか想像するだけで興奮ものです!

くまねこ堂では、書家、政治家、文化人などによる揮毫、色紙、掛軸、短冊なども積極的に買取をさせていただき、口コミでの評判もいただいております!

こばちゃん


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【第4回】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!

こんにちは、クラニャンです!

今月初めに、香港サザビーズの競売で「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額で落札されました。
このニュースをきっかけに、くまねこ堂ブログでは「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、シリーズで考えてみることにいたしました(*^-^*):hoshi1:

第1~3回(10月15日~17日)ブログでは、まず実際の作例を近年の国内展覧会からいくつか眺めてみました。釉調に幅はあったものの、どれも上品で神秘的な青が印象的でしたね。

後半の第4~6回では、そもそも「汝窯」とは何なのか?という問題について、研究史を簡単に振り返りながら勉強してみたいと思います。なおその際、『聚美』Vol.22、学研プラス(Gakken Mook)、2017年を参考文献とさせていただきました。

汝窯

 

まず今回のテーマは…
「汝窯」という名称はどこから出てきたの??
 北宋末~南宋時代:文献に記された「汝窯」

「汝窯」という窯名は、最近の研究者がつけたものではありません。
この名前が最初に登場するのは実は約900年も前、北宋時代(960年 - 1127年)末~南宋時代(1127年 - 1279年)の諸文献のなかでした。(※以下の引用部分は、今井敦「汝窯への道—青磁の理想像を求めて」上掲雑誌56頁に依拠しています。)

◆周輝『清波雜志』(南宋)

例えばこちら、周輝という人物が著した『清波雜志(せいはざっし)』には、以下のような記述がみられます。

「汝窯は宮中の禁焼なり、[…] ただ御に供え、揀[えら]び退けてまさに出売を許す。近ごろ尤も得難し。」
(汝窯は宮中専用のやきものである。[…] 通常は天子のためだけに供され、選別され焼成不良品とされたものだけが販売を許される。近ごろとりわけ入手が困難である。)

◆陸游『老学庵筆記』(南宋)

また、南宋の代表的詩人としても知られる陸游(りくゆう)が著した書物にも、次のように書かれています。

「故都の時定器は禁中に入らず、ただ汝器を用う[…]」
(北宋の時代に定窯で焼かれた白磁は宮中に入ることがなく、もっぱら汝窯で焼かれた青磁が用いられた[…])

 

このような文献を読んだ後世の人々は、
「北宋時代、汝窯と呼ばれる窯で宮廷御用達のやきものが焼かれていたらしい……南宋時代にはすでに超レアアイテム(「近ごろ尤も得難し」)だったらしいが、いったいどのようなやきものなのか?今も目にすることは可能なのか?……気になる(゜゜)!!!」

と強い関心をそそられたようです。
こうして、文献中に記された汝窯とはどのようなものか?という問題が、長く中国陶磁史研究上の一大懸案となりました。
つまり研究史の流れとしては、まず「汝窯」という名前が先に知られており、その指し示す作品群を突き止めるという方向で調査が進められたのですね。

 

次回以降は、20世紀の研究者たちがどのような作品を汝窯とみなしてきたか、その変遷を見ていきたいと思います(^ω^)/

 

by クラニャン

 

【第3回】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは、クラニャンです。
先日香港サザビーズでは、「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額で落札されました。
くまねこ堂ブログでは、「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、シリーズで考えてみたいと思います。

 

 

第2回に続きまして、今回も近年の展覧会から「汝窯」の作例を見てみましょう!

【東京国立博物館】
③「中国陶磁の技と美」 、東洋館 5室 ( 2016年3月15日 ~ 2016年5月15日)

【大阪市立東洋陶磁美術館】
④特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」、展示室J(2016年12月10日~2017年3月26日)

 

③まずは再び、東京国立博物館(以下、東博)の東洋館で昨年開催された展覧会。
同展には、本シリーズ第2回でご紹介した「青磁盤」(汝窯 北宋時代・11~12世紀 東京国立博物館蔵(香取國臣・芳子氏寄贈))がまたも出品されたほか、同作と双子のようにそっくりな、薄くととのった器形の「青磁盤」(汝窯 北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵)が並べて展示されました。

汝窯

青磁盤 汝窯 北宋時代・11~12世紀 上海博物館蔵

東博所蔵品が川端康成のコレクションであったことは前回ご紹介しましたが、上海博物館のものも清朝末期の文人である呉大澂(ごだいちょう1835- 1902)の旧蔵品だったそうです。
明るく澄んだエメラルドグリーンのような東博版に対し、こちらの上海版は色調がより暗く青みを帯びており、落ち着いた風格を感じさせます。表面にのぞく貫入も黒っぽく、独特の趣を醸し出しています。

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④最後にご紹介するのが、昨冬から大阪市立東洋陶磁美術館で開催された「北宋汝窯青磁水仙盆」展。
展覧会名にも「汝窯」と銘打たれているように、「青磁水仙盆の名品を通して、歴代の皇帝たちが愛した汝窯青磁の美の真髄」(同館HPより)を紹介するという内容。企画者の気合と自信がひしひしと伝わってくる、渾身の展覧会だったと思います。

汝窯

特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」チラシ

 

チラシで「人類史上最高のやきもの」(!)とうたわれているのはこちらの「青磁無紋水仙盆」(台北國立故宮博物院蔵)

汝窯

「青磁無紋水仙盆」汝窯 北宋11世紀末-12世紀初 台北國立故宮博物院蔵

 

作品名の「無紋」とは、貫入(かんにゅう/釉薬にはいったヒビ)が一切ないということ
シリーズ第2回で紹介した、同じ台北故宮博物院蔵の「青磁輪花碗」などは表面の貫入がおだやかなアクセントになっていましたが、本作のアピールポイントは、表面が完璧になめらかだという点です。明時代の文献は「無紋」のものを汝窯青磁の最高ランクに位置づけており、続く清朝でも、乾隆帝(1711-1799)がとりわけこの作品を愛したことが伝えられています。

また、この「水仙盆」と称される器の、北宋時代における用途は今のところ分かっていません。
清時代には犬や猫の餌入れ(!)とも考えられていたようですが、本展では「水仙の水耕栽培に使われていたのでは?」という説をもとに、現代陶芸家によるレプリカに実際に水仙の造花を活けるという展示コーナーもありました。

 

 

さて、 「汝窯」を考えるシリーズ第1~3回では、サザビーズ競売のニュースを出発点に、汝窯青磁の優品とされる4点を見て参りました。
私もこれらを見比べてあらためて実感するのは、
「汝窯青磁とひとくちに言っても、作品ごとに結構印象が違うな…」ということ。

4点について端正な造形は共通するものの、釉薬の色味や明るさ、艶感にはかなり差があります。
東洋陶磁美術館HPには、「汝窯は「天青色(てんせいしょく)」とも形容される典雅な釉色[…]を特徴とします」と説明されるものの、その言葉が指す色には広がりがあるような気がします。

ここであらためてサザビーズの落札作品を見てみましょう。
こちらは台湾の台北鴻禧美術館の旧蔵品ですが、これまで見た4点と比べていかがでしょうか?

汝窯

「北宋汝窯天青釉洗」([香港 10月3日 ロイター]より)

 

第4回以降には、汝窯をめぐる研究史を概観しながら、その位置づけについて考えを深めていきたいと思います。
すこし時間が空くかもしれませんが、どうぞご覧ください(*^-^*)

 

なお、くまねこ堂では中国美術品全般(書画・掛軸・書・文人画・絵画・仏像・書道具・文房四宝・硯・墨・硯屏(けんびょう)・筆架(ひっか)・石印材(せきいんざい)・紙・水滴・やきもの・中国切手・古家具)を幅広く買取りしております。
ご自宅に眠る作品がございましたら、ぜひご用命くださいませ。
経験豊富な店主が、確かな眼で査定させていただきます。

 

Byクラニャン

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【第2回】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


人気ブログランキングこんにちは、クラニャンです。

前回は、10月3日に香港サザビーズの競売で、「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額の42億5000万円で落札されたニュースをお伝えしました。
第2・3回では、「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、実際の作例を見ながら考えてみたいと思います(*^-^*)

 

下記に挙げるのは、日本国内で汝窯青磁の優品が出品された近年の展覧会の情報です。
(※大きな話題になったもので、私が足を運んだものに限っています)

【東京国立博物館】
①特別展「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」   、 平成館 特別展示室  (2014年6月24日 ~ 2014年9月15日)
②特集「日本人が愛した官窯青磁」、東洋館5室( 2014年5月27日~10月13日)
③「中国陶磁の技と美」 、東洋館 5室 ( 2016年3月15日 ~ 2016年5月15日)

【大阪市立東洋陶磁美術館】
④特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」、展示室J(2016年12月10日~2017年3月26日)

これらの展覧会には、どのような作品が展示されていたのでしょうか?

①まずは、東京国立博物館(以下、東博)における台北故宮博物院の所蔵品展。
こちらの展覧会では、「翠玉白菜(すいぎょくはくさい)」を見るために長蛇の列ができたことでも話題になりましたね。

同展で出品された「汝窯」青磁は、こちらの「青磁輪花碗(せいじりんかわん)」です

汝窯

青磁輪花碗(せいじりんかわん)
汝窯 北宋時代・11~12世紀

東博HPでは、「酒器を温めるための温碗と呼ばれる器」であると説明されています。
釉調は、マットな薄緑色に近いでしょうか。繊細な貫入(かんにゅう/釉にはいった細かいヒビのこと)が、表面の調子に変化を与えています。
ふわりと軽やかな器形も愛らしいですね。私はハクサイよりもこちらが欲しいかな~♪

 

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②次にご紹介するのは、①の台北故宮展とほぼ同時期に東博の東洋館で開催された展覧会。
東博のほか、常盤山文庫など国内のコレクションから構成された大変見ごたえのある内容でした。

汝窯

「日本人が愛した官窯青磁」チラシ

 

同展の目玉は、「青磁輪花鉢(せいじりんかばち)」(横河民輔寄贈、重要文化財)など南宋官窯の作品群でしたが、北宋汝窯の作例として「青磁盤(せいじばん)」(下写真左)も展示されました。

汝窯

※左の作品※
青磁盤 汝窯 北宋時代・11~12世紀 東京国立博物館蔵(香取國臣・芳子氏寄贈)

本作は、文豪の川端康成旧蔵品としても有名です。
写真では十分に伝わりにくいかもしれませんが、そのしっとりとした艶は大変美しく、吸い込まれるような複雑な釉色はいつまで見ていても飽きません。
収集家としても知られる川端氏の眼にかなったというのもうなづける優品です。

 

いかがでしたか?
次回は、③・④の展覧会に出品された汝窯青磁をご紹介します!

 

by クラニャン

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【第1回】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは、クラニャンです!

先ほど、くまきち店主が出勤するなり従業員にクイズを出しました。
「このあいだ香港サザビーズのオークションで青磁の筆洗 ↓ が売れたんだけど、いくらだったと思う…?

汝窯

「北宋汝窯天青釉洗」([香港 10月3日 ロイター]より)

 

「数千万…?」「一億くらい…??」と声が上がりましたが、正解は…

「42億」

あと「5000万円」

 

なんと、某芸人さんのネタのようですね~(*´ω`*)
この「約42億5000万円(2億9430万香港ドル)」という額、中国陶磁器としては史上最高だそう。

なぜこのような高値がついたのでしょうかのでしょうか。
今回落札されたのは「北宋汝窯天青釉洗(ほくそうじょようてんせいゆうせん)」。陶磁器の名称って漢文みたいで難解な感じがしますが…
かみ砕けば「北宋時代(960〜1127)に『汝(じょ)』という窯でつくられ、天青色(雨上がりの空のようなしっとりとした青色)の釉薬がかけられた、洗(洗うための容器)」ということを示しています。

この「汝」という窯(「汝窯」)で焼かれたとされる磁器は、その釉調の気品ある美しさが比類ないこと、そして伝存する作例が非常に少ないことから、これまでにも世界中の美術館やコレクターの垂涎の的となってきました。

汝窯青磁ってそんなにすごいの?いったいどんなものなの?
次回から2回に分けて、その概要をお伝えしたいと思います(*^-^*)
お楽しみに…!

 

by  クラニャン

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「中国文物局」による「文化財海外持ち出し審査基準」についての考証~第3話!


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本日も引き継きまして、くまねこ堂流に「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」に基づいた「文化財海外持ち出し審査基準」について記していきたいと思います!
今回は「9、輿、服」について取り上げてみたいと思います!
日本では重要文化財級の骨董品が海外持ち出し禁止のラインになっておりますが、中国では庶民の生活用品までこと細かく分類がなされており、さすがは歴史大国・中国!

9輿・服
9.1車・船・輿・駕籠 部品を含む 1911年以前のものは持出禁止
9.2車の道具、馬車の道具 部品を含む 1911年以前のものは持出禁止
9.3靴・帽子 1911年以前のものは持出禁止
9.4衣服 1911年以前のものは持出禁止
9.5首飾り 1911年以前のものは持出禁止
9.6装身具 1911年以前のものは持出禁止

「輿(こし)」という言葉はなかなか聞きなれませんが、移動手段のひとつであり、日本流にいうならば「駕籠」ですが…そのような質素なものではなく「お神輿」といえばどんなものか想像がつきやすいかと思います。


中国の輿(※Wikipédiaより)

輿にも世界各国たくさんの種類があるそうで、庶民のなかの手軽に利用のができる簡素な輿から王族などが使用する豪華絢爛なものまで…
当時の輿に関する写真をみてみますと、なんとも優雅でのどかですね!

現在日本で輿に乗る機会はそうそうなく、相当昔に廃れてしまった乗り物なので「1911年以前」と言われてもピンときませんが、なんと中国、インド、ミャンマーなどの一部の地域ではいまだに存在するそうです!
文物局では、輿の本体のみならず部品や、自動車、馬車、船なども持ち出し禁止項目に挙げおり、現役の移動手段だからこそ、より一層貴重な生活資料として取り扱いが行われていると思われます。

そして生活資料として、やはり欠かすことができないのが同じく分類されている「服」ですね。
この在中国日本大使館の表を見る限りでは「民族衣装」が別に存在するので、「9類」に分類されている「服」とは庶民の生活用品としての何の変哲もない「服」と推測が出来ます。
日本でも同じ事が言えますが特別な時にしか着用しない「民族衣装」は大切に保存されていることが多いのですが(軍服、大礼服然り)、1911年以前とはいわずとも昭和戦前時代の普段着の洋服、和服というものの現存数ですらかなり低く、さらに虫食いなどがなく状態が良好なものといったら珍品の部類に入るのではないでしょうか。

「清時代 服装」の画像検索結果

上図は「旗袍」を身にまとう清時代(1644-1911)の女性たちですが、「旗袍」とはチャイナドレスのことを指すそうで、かつて日本では「支那服」と呼んでおりました。またチャイナドレスという言葉は和製英語で(!)、海外では「 Mandarin dress マンダリンドレス」と言うそうです。
着物にも銘仙、絽、錦紗、紬などの種類があるように、旗袍にも身分や状況に応じて生地や柄が区別されていたと思われますし、写真が珍しい時代の被写体になった人々は盛装して撮影にのぞんだことでしょう。
以上を踏まえると、庶民の旗袍はもっと質素なものだったと推測が出来ます。

上図を見る限りでは現在私たちが想像するようなチャイナドレスとはイメージが異なる感じがいたしますが、実は現在にも通じる下図(李香蘭)のようなチャイナドレスは1920年代に世界的に巻き起こったモダニズム旋風によって、道徳的な部分で肌の露出をすることが許される風潮になったことで可能になった型であります。
日本のモガは洋服を着用することでモダニズムを体現した訳ですが、中国モガは従来の普段着の型を変えて独自のモダニズム時代を築いていきました。

「李香蘭」の画像検索結果

従って1920年代以降に生まれた、肌の露出のあるチャイナドレスは中国文物局の海外持ち出し基準からは外れるということになりますが、法令の改訂が行われれば、これらの型のチャイナドレスも今後は持出禁止になる可能性が大いにある訳ですね。

また文物局の海外持ち出し禁止項目には「服」ばかりではなく、帽子、靴、装飾品なども挙げられておりますので、中国独特の習慣であった纏足靴などもその対象になると思われます。

…というわけで、本日は9類の輿・服について取り上げさせていただきました!

こばちゃん


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「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」に基づく「海外持ち出し禁止の骨董品」について…第二弾!!


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先日より書かせていただいております、「中国文物局」における「輸出禁止骨董品」についてですが、第二弾の今回は「演劇・演芸用品」
について執筆させていただきたいと思います!

国営の文化財保護機関である「中国文物局」では、「中華人民共和国文物保護法」のもと海外輸出する骨董品の鑑定を行い、規定外の骨
董品のみが国外持ち出し可能品となる…ということは以前のブログで紹介させていただきました!
鑑定の対象となる骨董は大きく16種類に分類されており、そこから更に細かく分類されて、それぞれの規約のもとに鑑定が行われる、とい
う流れになっております。
中国の骨董品といえば書画、陶磁器などを思い浮かべますが、「意外だな」と思われるものも含まれており、特に「レコード」の記載が
あったのには驚いてしまいました。(下図・在中国日本大使館HPより)

13演劇・演芸用品
衣装、影絵、木偶及び各種演劇・演芸と関係のある道具を含む 1911年以前のものは持出禁止
レコード 1949年以前のものは持出禁止

 

まず中国の演劇・演芸といえば、やはり「京劇」が第一に挙げられることと思います。
京劇とは、1800年代に誕生したとされる歴史の浅い中国の伝統的な古典演劇のひとつで、きらびやかな女形の衣装や舞台化粧が印象的
ですね!
その京劇の代表的人物といえば、映画「花の生涯」のモデルとなった梅蘭芳(メイ・ランファン 1894-1961)を思い浮かべる方が
多いことと思います。
梅蘭芳は1924年(大正13)に日本にも来日しており、前年の関東大震災で被害を受けた人々のために慈善興行(現在のチャリティー)
を行ったことで、多くの日本人にも親しまれました。

来日した際の梅蘭芳。写真左(写真 Wikipediaより)

大正時代から各国芸術家を招聘することが一つの流行ーなっていたらしく、舞踊のパブロアやヴァイオリニストのブルメスタ
などが来日し、当時の日本人たちを熱狂させ、演劇や音楽関係の来日芸術家たちの多くが日本でのレコード録音を残しており、
梅蘭芳も日本蓄音器商会(現・日本コロムビア)でレコードが発売されました。

実は1949年以前に発売された中国のレコードは、意外にも日本に沢山残されているのですが、その理由としては戦前に中国在
住だった職業軍人の方が、戦況が悪化する以前に日本に引き上げた荷物のなかに入っていた、また一般人の海外旅行が夢の
また夢だった時代に唯一身近だったといえる上海や満州旅行のお土産として持ちこんだもの、そして「中華人民共和国文物
保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」が施行される前に日本国内に持ち込まれたものが殆どと言えるのではないでし
ょうか。

また中国および満洲、日本でも絶大な人気を誇ったレコード歌手といえば李香蘭(1920-2014)を忘れることができません。
日本人にも関わらず満州人と偽って活動し、その数奇な生涯はミュージカルやテレビドラマなどでも取り上げられ、後年まで
TVタレントや国会議員として活躍されているので、ご存知の方も多いかと思います。


一世を風靡した映画「支那の夜」の新聞広告(Wikipediaより)

李香蘭は日本ではコロムビアレコードの専属として多くのレコードを録音し、「蘇州の夜」「紅い睡蓮」などのヒットを
飛ばしておりますが、中国でも上海パテ(百代)や百樂(パイルー)などのレーベルで録音を行い、代表曲である
「夜来香」「売糖歌」などが1930年代後半から1944年にかけて発売されております。


1930~40年代、中国の代表的な歌手たち。左から姚莉、周璇、李香蘭、白光、鶯音。
(写真 Wikipediaより)

当然のことながら、当時の中国にも多くの歌手がおられますが、そのなかでも名曲「何日君再来」を歌った周璇(1918-1957)
や、日本でも多くのレコードを録音した中国の歌う映画女優・白光(1921-1999)は、当時の時局を反映した印象的な一曲である
「日満支親善歌 興亜三人娘」を奥山彩子、李香蘭と共に録音しています。

1940年頃は日本でも「中国歌謡」ブームだったことから、この当時に新譜として持ち込まれた本国・中国のレコードがたくさん
あったとも推測ができますね!
※ちなみに中国でしか発売されていない日本人歌手のレコードもあるそうですが、日本人に関するものは第二次世界大戦後に
廃棄されたということを耳にしたことがあります

中国文物局(在中国日本大使館)の記載によれば「1949年以前のものが持ち出し禁止」なので、梅蘭芳の古い録音や李香蘭、
周璇、白光などの現地発売のレコードは、例え現地の古物商で発見し買い求めても、日本に持ち帰ることはできないという
ことになりますね。

…中国で施行されている「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」に基いた「文化財海外持ち出し
審査基準」について、くまねこ堂流にランダムで掘り下げております!!
また引き続き次回も、興味深い項目をピックアップしてご紹介して参りたいと思います!

こばちゃん


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「中国文物局の蝋印入り骨董品」と「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」について~第一弾!


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秋も深まり、朝夕は涼しい季節になってきましたね!
急須 蝋印

 

以前ご紹介させていただきました「中国文物局の蝋印入り骨董品」についての記事ですが、
思いのほかのご反響をいただいておりまして、誠にありがとうございます!
※我々が日ごろよく口にする「骨董」という言葉、中国では「文物」と表記されます。

中国では骨董品の国外輸出についての規定がもうけられていること等を書かせていただきましたが、
改めまして…まず、いつから持ち出し制限がかかったのかと申しますと(当ブログ9月4日、掲載より)

『そもそも1960年に施行された「文化財輸出鑑定参考基準」から輸出制限が開始さ れ、現在では旧
法令は廃止されておりますが、2007年に公布された「中華人民共 和国文物保護法」「中華人民共和
国文物保護法実施条例」に基づいて制定された 「文化財の海外持ち出し審査基準」によって、中国の
骨董品は現在も国家から守られております。』

1960年に施行された「文化財輸出鑑定参考基準」では、1795年(清代乾隆帝)以前の骨董品・美術品
などが対象になっていたそうですが、2007年に公布された「中華人民共 和国文物保護法」「中華人民
共和国文物保護法実施条例」に基づいて制定された 「文化財の海外持ち出し審査基準」では、急激に
時代が下って、分類によって「一律持ち出し禁止」のものから「1911年以前のものは持出禁止」「19
49年以前のものは持出禁止」「1966年以前のものは持出禁止」などと年代が細かく選別されたうえ、
規準がかなり厳しくなってしまいました。

それから、どのように鑑定が行われるかといいますと、まず中国文物局に集められた骨董品は、
文物局内に設置されている文物鑑定セン ターの専門家によって鑑定がなされ、規定から外れた骨董品
のみが「文物局鑑定証明書」「文物局公認の鑑定印」(蝋印)を押印されて、市場に流出する、という
流れになっております。

もちろん、海外への貴重な骨董品の流出防止策を立てているのは中国ばかりではありません!!
実は日本にも「文化財保護法及び関係法令」が設けられており、これは国内での文化財保護のためのみ
ならず、重要文化財クラスの骨董および美術品の海外流出を防ぐためにも重要な役割を果たしており、
文化庁ホームページでは、

『円滑な通関検査に資するとともに,貴重な国民の財産である文化財が誤って海外に流出することを防
ぐため,古美術品を海外に輸出しようとする際には,当該輸出品目が国宝・重要文化財に指定されてお
らず,重要美術品等認定物件にも該当しないことの証明を,税関に対し提出する取扱いとなっております』

と『古美術品輸出鑑査証明書』の発行を推奨しております。

これらを踏まえて…
本日から複数回に分けまして在中国日本大使館のHP内にある
【「文化財海外持ち出し審査基準」に関する通知(仮訳)】をもとにして、くまねこ堂流に記事を
掘り下げていきたいと思います。

まず第一回目は中国文物「書画」について書き進めていきたいと思います!
書画については以下のように分類がなされ、規定が定められております(在中国日本大使館HPより)

3絵画、書法
3.1中国画及び書法 1911年以前のものは持出禁止
1911年より後のものは人名表を参照して執行
肖像、映像、画像、風俗画、戦功図、紀事図、行楽図等 1949年以前のものは持出禁止
本人またはその親族に属する肖像、映像、画像等はこの限りではない
3.2油絵、水彩画、ガッシュ デッサン(スケッチを含む)、マンガ、版画の原作と原版等を含む 1949年以前のものは持出禁止
1949年以前のものは人名表を参照して執行
重大な歴史的、芸術的価値を有し、広範な社会的影響を伴うもの 一律持出禁止
3.3壁画 宮殿、廟宇、石窟、古墳中の壁画等 1949年以前のものは持出禁止
近現代の著名な壁画の原稿、設計案及び設計図 一律持出禁止

書画以外にも多くの文物鑑定の規定が「1911年」と「1949年」に置かれているのですが、1911年は辛亥
革命によって中華民国が建国した年、1949年中国大革命によって中華人民共和国が建国した年というこ
とに由来していると推測ができます。

文物局には鑑定の際に基本となる人名表が存在するそうですが、残念ながらHPなどでは公表はされて
おりません。
100年前に既に「四億の民がいる」と歌にまで唄われているだけあって、なにしろ中国の代表的書家の
多さときたら大変なものなので、清から中華人民共和国の時代に活躍したほんの一部、それも独断と
偏見、順不同での名前のご紹介となりますこと、ご了承くださいませ。

金農(1687-1763)、何紹基(1799-1873)、呉昌碩(1844-1927)、康有為(1858-1927)
于右任(1879-1964)、王雪濤(1903-1982)、賀天健(1891-1977)、黄君壁(1899-1991)
魏紫煕(1915-2002)、啓功(1912-2005)、黄冑(1925-1997)、黄賓虹(1865-1955)
呉湖帆(1894-1968)、劉海粟(1896―1994)、謝稚柳(1910-1997)、李苦禅(1899-1983)

などなど。。。
いずれも人気の高い書家、画家になりますが、王雪濤は中国美術家協会の理事長、黄冑は同協会の
常務理事をされた方で、また政治家の傍ら書家として名を成した方には于右任、康有為のほか、
毛沢東も中国の代表的な書家として数えられております。
これらの方々が文物局の鑑定人名表のなかに登録されていると推測ができますが、恐らくこちらも
人物によって「一律持出禁止」「物によって」などの規定が定められていることと思われます。
いずれにせよ骨董の世界は奥深いですね~

また後日、中国文物について第二弾を掲載させていただきたいと思います!!!

こばちゃん

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★埼玉県川口市 お茶道具、お酒(マオタイ酒等)、銀杯、全集、中国古典等をお譲りいただきました!

今回は三井物産の初代社長である益田孝(鈍翁)の書などをお譲りいただきました!

 

近代の実業界を代表する大物である益田孝(嘉永元年~昭和13年 享年満90歳)の経歴を簡単に見てみると…

江戸時代にアメリカ公使館に勤務、そしてヨーロッパを訪れ、明治維新後は大蔵省を経て世界初の総合商社・三井物産の初代社長に就任。茶人としても知られて「近代 小田原三大茶人」の一人として数えられていたのだとか。

江戸時代にすでに世界を見てきたすごい方なんですね…
雅号には「鈍翁」のほか「蘇生山人」「雲外山人」「観濤」などがあるということです。

今回買い取らせていただきました品は、そんな益田孝が最晩年に書いた短歌で

「細流  音もせず 小笹くぐりて 流れゆく 水の心の 静かなるかな  九十一波 孝」

と、死期を悟っていたのか、穏やかな日々と心境を重ね合わせたような言葉が印象的です。

IMG_1180

そこで気になるのは「享年90歳」とあるのに、書には「91」と書いてあるトコロ!

勿論、ニセモノなんかではございません!

 

戦前まで、年齢は「数え年」だったのです!!!

わかりやすく言うと「0歳」がなく、生まれたときには既に「1歳」からはじまる訳です。

従って、数え年が91歳ということは、満90歳。

まさに亡くなった年に書かれた書ということになりますね。

 

くまねこ堂では茶道具をはじめ、江戸・明治・大正・昭和に描かれた掛軸、短冊、日本画、油彩絵画などを買取させていただいております。

 

こばちゃん

神奈川県横浜市西区にて、中国美術書、ネクタイピン、時計、カフス、お酒の瓶等をお譲りいただきました!


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今回お譲りいただきましたのは、中国の伝統工芸品である堆朱(ついしゅ)です!

実をいうと「堆朱」という名称は日本特有のもので、本場の中国では「剔紅(てきこう)」という言葉が一般的に使用されております。
その歴史はさずがに古く、宋王朝の時代(960-1279)頃から制作がはじめられたと言われております。
日本には平安から鎌倉時代(794-1333)頃に輸入され、生産が行われるようになったということなので、遣唐使などによってリアルタ
イムで中国の文化を取り入れていたことが判ります。

その製作工程は、まず朱漆と油を混ぜ、丹念に塗り重ねた後、職人によって文様などの彫刻を施されたもので、中には通常の漆(黒色)
と朱漆を層にして、マーブル状の何ともいわれぬ美しさを浮かび上がらせたお品もございます。

また塗り重ねた場合、表面が赤の場合は「堆朱」、黒の場合が「堆黒」と名称に変化があるそうです!

こちらは堆黒のお香入れになります。

IMG_10631-e1504681629743[1]

この蕨を模したという倶利彫(ぐりぼり)という紋様は人気が高く、お香入れはちょうど女性が使用するコンパクトを一回り大きくした
ほどのサイズなので、小物入れにもステキかもしれませんね。

 

IMG_1149[1]IMG_1145[1]

こちらは堆朱の立派な壺になります。
これだけの大きさになりますと大変な時間と労力がかかると思われますが、いかにも中国らしい細かい彫刻にも手抜きはなく、豪華で美しい仕上がりになっております。

くまねこ堂では堆朱、書画、篆刻石、山水画など中国の美術品を、積極的に出張買取させていただいております!
遺品整理などでお宅に眠っている骨董品などがございましたら、ご一報くださいませ!!

by こばちゃん

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★夏期も無休で出張買取しております★


クリスティーズ カタログ

こちらはクリスティーズのオークションカタログ(中国美術もの)です。
1冊の定価はなんと5,000円!


くまねこ堂は、お盆の時期も休みなく稼働しております!

即日出張も対応可能です!:welcome2:

古書・古道具の整理をお考えの際は、どうぞご用命くださいませ:hare:

 

モモコ

掛け軸、中国絵画、腕時計、民芸品、郷土玩具を即日買取させていただきました(横浜市周辺)


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DSC01971

ヨシダセレクションのガムさや。
グラフィックの目線で見てもステキです。

幼い時、未来で宇宙旅行ができるようになったら宇宙食ってこういう形になるんだろうなと漠然と思っていました。

ハンバーグもオムライスも味噌汁も全部チューインガム状
今で考えたらとんでもなく味気ないのですが、その味気無さが当時の私にとっての未来感だったような気がします。

 

ヨシダ


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マオタイ酒・堆朱・水石・中国美術などを、神奈川県横浜市中区にて買取いたしました。

横浜市中区 マオタイ酒 

スターのラベルの貴州茅台酒を買取いたしました。

茅台酒は中国のお酒になります。

ドラえもんで『中国』と言えば、
てんとう虫コミックス31巻の『恐竜さん日本へどうぞ』ですね!!

中国大陸にある「ジュンガエル盆地ウエルホ」という場所に生息していた恐竜たちを日本へ呼び寄せようとします。
しかし、恐竜たちの命にかかわる問題が発生しました。

ぜひご一読を!!

ニーミン:wakaba:

 

中国人水墨画家 王維宝の山水画を買い取りいたしました[東京都品川区にて]


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東京都品川区にて、中国人水墨画家 王維宝の山水画を買い取りいたしました。

誠にありがとうございました。

chinese artist ou ihou

王維宝(寶) 1942年 中国福建省生まれ

中国美術科協会会員・中国美術科協会広東分会理事

1978年に訪日し、東山魁夷や 平山郁夫等と交流されています。

 

byキョーコ

 


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張大千 臨橅燉煌壁画 白描稿 第1~4集を買取いたしました。[東京都品川区にて]


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東京都品川区にて、張大千 臨橅燉煌壁画 白描稿 第1~4集を買取いたしました。

誠にありがとうございました。

chotaisen tonkouhekiga

張大千(Zhāng Dàqiān, Chang Ta-Chien, Chang Dai-chien, 1899 - 1983年)

中国近代書画の大家です。

1940年から約2年7ヶ月に渡って敦煌の莫高窟に住み込み!:cat_5:

壁画の模写に取り組んだとのこと。(Wiki

こちらはその素描集ということでしょうか。

byキョーコ


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中国雲南省民間信仰の木版紙札を買取いたしました。[東京都品川区にて]


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東京都品川区にて、中国雲南省民間信仰の木版紙札を買取いたしました。

誠にありがとうございました。

chinese mokuhankamihudaまとめて一括01

古版年画ともいうのでしょうか。

詳しいことはわかりませんが、絵柄はどれも素朴で力強いものでした。

byキョーコ

 

 


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僧人彫刻の古い印譜印材(中国もの)をお譲りいただきました。[東京都中央区にて]


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東京都中央区にて、僧人の彫刻のある中国ものの古い印譜印材(金銅仏?)をお譲りいただきました。 

誠にありがとうございました。

inpu inzai chinese

材質は石ではありません。銅のようで、年季の入ったものでした。

byキョーコ

 


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