人間国宝・無形文化財

備前焼の人間国宝、伊勢崎淳の花生を即日買い取りいたしました。[江東区東砂にて]


人気ブログランキング 

 

江東区東砂にて、備前焼の人間国宝、伊勢崎淳の花生を即日買取いたしました。

誠にありがとうございました。

isezaki jun bizenyaki

 

備前焼の岡山県重要無形文化財保持者である伊勢崎陽山のご次男です。

こちらから経歴をご覧いただけます。

byキョーコ

 


人気ブログランキング

千葉県流山市にて、常滑焼・三代山田常山の茶注をお譲りいただきました


古美術・骨董 ブログランキングへ

千葉県流山市にて、常滑焼・三代山田常山の茶注をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

山田常山 茶注 流山

茶注の中でもこの形は絞り出しの「宝瓶」と言われるそうです。
持ち手が無く、シンプルな形ですね。

 ドラえもんは、どら焼きを食べる際にお茶を飲むときとのまないときがあります。
さらに、てんとう虫コミックス10巻では、ソーダ片手にどら焼きを食べています。

神奈川県川崎市にある「藤子・F・不二雄ミュージアム」2階のまんがコーナーにいるドラえもんは、お茶を飲みながらどら焼きを食べております。

 「藤子・F・不二雄ミュージアム」にも、ぜひ足をお運びください! 

ニーミン:wakaba:

 


人気ブログランキングへ

千葉県流山市にて、人間国宝・三代山田常山の急須をお譲りいただきました


古美術・骨董 ブログランキングへ

千葉県流山市にて、常滑焼・三代山田常山の急須をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

山田常山 急須

個人的な話ですが、私の出身地が常滑市と同じ知多半島なので、常滑焼には親しみがあります。
実家にも、常滑焼のたぬきの置物がありました。

「たぬき」と言えばドラえもんですね。

「ドラえもん」ぜひご一読を!


人気ブログランキングへ

千葉県流山市にて、人間国宝・島岡達三の象嵌角皿をお譲りいただきました


古美術・骨董 ブログランキングへ

千葉県流山市にて、人間国宝・島岡達三の象嵌角皿をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

島岡達三 象嵌角皿 流山

こちらは人間国宝に認定される以前の作品です。

 

ドラえもんで「角皿」といえば、

てんとう虫コミックス10巻「百年後のフロク」に出てくる
「モライもんとヒロイもん」の右のキャラの顔の形が四角ですね。

未来のマンガ(ドラえもんのパロディ)に出てくるキャラクターなのですが、
目と鼻以外のパーツが四角です。
左のキャラはどちらかというとエモドラン寄りの顔です。

ぜひご一読を!

ニーミン:wakaba:


人気ブログランキングへ

千葉県流山市にて、人間国宝・島岡達三の象嵌湯呑をお譲りいただきました


古美術・骨董 ブログランキングへ

千葉県流山市にて、人間国宝・島岡達三の象嵌湯呑をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

島岡達三 象嵌湯呑 流山

昨日に引き続き、島岡達三のご紹介になります。
こちらも人間国宝に認定される前の作品です。

 

ドラえもんで 「象嵌」と言えば
てんとう虫コミックス35巻「空ぶりは巻きもどして・・・」に出てくる
「うる星ケニヤ」に出てくる主人公が乗っているいるのが象ですね。

スネ夫がコネで手に入れた、公開前の長編映画のうる星ケニヤ。
のび太くんは「またスネ夫の自慢だ。」と観にいくのを断りますが、ドラえもんは一人でスネ夫くん家に行きます
とても微笑ましく感じました。

ぜひご一読を!

 ニーミン:wakaba:

 
人気ブログランキングへ

千葉県流山市にて、今泉今右衛門の錦花絵銘々皿をお譲りいただきました


古美術・骨董 ブログランキングへ

千葉県流山市にて、今泉今右衛門の錦花絵銘々皿をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

今泉今右衛門 錦花絵銘々皿 

 こちらは五枚一組になっておりました。

 

ドラえもんで「銘々皿」といえば、
てんとう虫コミックス1巻「変身ビスケット」に出てくる動物変身ビスケットを置いた銘々皿ですね。

のび太くんがお客さんにビスケットを出しておきながら、それを食べたら
「四個も食べてる、いやしんぼ。」と相手に向かって言い放ちます。

ぜひご一読を!

ニーミン:wakaba:

 


人気ブログランキングへ

町田市にて人間国宝 松井康成の灰釉茶碗(盌)をお譲りいただきました


人気ブログランキングへ

 

人間国宝 松井康成の灰釉茶碗(盌)をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

 

matsui kousei chawan

 

作家についての詳細はニーミン編集の紹介ページをご参照ください。

 

本日ご紹介の茶碗は松井康成が人間国宝になるより以前の作品で、なにかの記念にいただいたもののようです。

共箱の中の説明書きには昭和48年7月の日付が書かれていました。

 

byキョーコ

 


人気ブログランキングへ

千葉県千葉市若葉区にて、酒井田柿右衛門の酒器をお譲りいただきました。

千葉県千葉市若葉区にて、酒井田柿右衛門の酒器をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

 酒井田柿右衛門

 

この形を見てドラえもんの中で思い出したのは、
てんとう虫コミックス10巻の「ようろうおつまみ」です。

ひみつ道具であるようろうおつまみの形が瓢箪形なので似ております。
最後のママのシルエットは、読む人の心に焼きつくでしょう。

ぜひご一読を!!

ニーミン:wakaba:

14代酒井田柿右衛門 柿文 ぐい呑、山つつじ文 一輪挿をお譲りいただきました


人気ブログランキングへ

 

人間国宝・無形文化財の14代酒井田柿右衛門 柿文のぐい呑山と、つつじ文の一輪挿をお譲りいただきました。

誠にありがとうございました。

 

kakiemon guinomi ichirinzashi

 

それぞれ共箱に、入り箱書きがありました。

ニーミンがまとめてくれている作家紹介ページに詳細がありますので、よろしければご覧ください!

https://www.kumaneko-antique.com/blog/6821/

 

byキョーコ


人気ブログランキングへ

東京都台東区にて、初代 徳田八十吉の九谷焼 南画捻瓢形徳利をお譲りいただきました。


人気ブログランキングへ

 

東京都台東区にて、初代 徳田八十吉の九谷焼 南画捻瓢形徳利をお譲りいただきました。

 tokuda yasokichi+

 

初代 徳田八十吉(1873年 - 1956年)

1873年(明治 6年) 石川県小松市生まれ 実家は染色業
1890年(明治23年) 九谷窯元の画工になり、松本佐平(佐瓶/義兄)に師事
1922年(大正11年) 東宮殿下御成婚 花瓶製作献上
1928年(昭和3年) 御大典 万歳楽置物製作献上
1953年(昭和28年) 無形文化財技術者に指定
1956年(昭和31年) 逝去 享年82歳

 

再興九谷の吉田屋窯(よしだやよう)風の作風が持ち味です。

初代から伝統的九谷焼上絵具の調整法や上絵付技術を習得した孫の三代 徳田八十吉は、伝統的な九谷の色釉に独自の工夫を加えた彩釉磁器(さいゆうじき※)で高く評価され、人間国宝に指定されました。

三代目は2009年逝去、翌年長女の順子氏が四代目を襲名し、現在ご活躍です。

※彩釉磁器(さいゆうじき):本焼きした磁器素地に色釉を施して焼き付ける陶芸技法

 

byキョーコ 

 


人気ブログランキングへ

東京都目黒区にて、人間国宝 金城次郎の壺屋焼 水滴をお譲りいただきました。


人気ブログランキングへ

 

東京都目黒区にて、陶工 金城次郎の壺屋焼 水滴をお譲りいただきました。

金城 次郎は重要無形文化財「琉球陶器」保持者で、沖縄県で初の人間国宝です。

kinjo jiro suiteki

 

壺屋焼(つぼややき)とは、沖縄県那覇市壺屋地区や読谷村などで焼かれる陶器です。

皆さまご存知シーサーも代表的な壺屋焼きです。

 

明治から大正期、有田焼きなど手ごろな焼物が流通したことにより、壺屋焼きは一旦低迷しますが、

大正後期、柳宗悦らが主導した民芸運動によって再び見直され、今に至ります。

 

金城 次郎(きんじょう  じろう)

1912年(大正元年)那覇市与技生まれ。

1925年(大正12年)壺屋の名工 新垣栄徳に入門。

1946年(昭和21年)那覇市壺屋に築窯。濱田庄司、河井寛次郎らの指導を受ける。

1972年(昭和47年)沖縄本土復帰。読谷村に移住し築窯。

1973年(昭和48年)国画会会員に。

1981年(昭和56年)勲六等、瑞宝章を受章。

1985年(昭和60年)人間国宝に認定、沖縄県功労章受章。

1993年(平成5年)勲四等瑞宝章受章。

2004年(平成16年) 没。享年92。

 

 (上記は那覇市伝統工芸館、Wikipediaの金城次郎壺屋焼きのページを参照させていただきました・)

 byキョーコ

 


人気ブログランキングへ

東京都杉並区荻窪で、人間国宝 酒井田柿右衛門の花瓶をお譲りいただきました。


人気ブログランキングへ

suginami_kakiemon01

suginami_kakiemon02

 

東京都杉並区荻窪で、人間国宝 酒井田柿右衛門の花瓶をお譲りいただきました。

柿右衛門の作品は、2014年にもご紹介しております。

2014年にご紹介した柿右衛門

 

「えもん」といえば、ドラえもんですね。

というわけで、「くまねこ堂 古書サイト」「骨董サイト」ともに、

わたくし「ニーミン」がブログを書かせていただく際には、内容に則したドラえもん話を載せていきたいと思います。

 

ニーミン:wakaba:

 


人気ブログランキングへ

東京都渋谷区にて、人間国宝 藤原啓の備前徳利をお譲り頂きました


人気ブログランキングへ

 

東京都渋谷区にて、人間国宝 藤原啓の備前徳利をお譲り頂きました。

昨年6月にも同作家の備前徳利を当ブログでご紹介させていただきました。

是非見比べてみて頂ければと思います。

 

fujiwara kei01

 

藤原啓は異色の陶芸家です。

文学の道を志して岡山から上京、出版社で勤めた後に物書きに専念するも行き詰まり、30代後半に帰郷します。

その後まもなくして三村梅景や金重陶陽(初の備前焼人間国宝)の指導を受け、才能を開花させていきます。 

従来の備前焼の型にはまらずに、素朴さ・実直さ・独創性を併せ持ち、今も多くの人々に親しまれています。

 

藤原 啓 (ふじわら けい/1899年- 1983年)

 [藤原啓 略歴]

明治32年(1899) 岡山県和気郡伊里村穂浪字井田(現、備前市)で生まれる。
昭和13年(1938) 39歳 陶工三村梅景より指導を受け、金重陶陽の志と技法を引き継ぐ。
昭和14年(1939) 40歳 初窯を焚く。
昭和17年(1942) 43歳 備前焼研究家桂又三郎の斡旋により、第一回個展を岡山市禁酒会館で開催。
昭和23年(1948) 49歳 国の指定による丸技作家の資格を受ける。
昭和24年(1949) 50歳 岡山県文化連盟賞受賞。
昭和28年(1953) 54歳 日本橋壼中居で個展開催。
昭和29年(1954) 55歳 北大路魯山人の斡旋により、日本橋高島屋で個展開催。
昭和30年(1955) 56歳 東京日本橋三越で個展を開催。岡山市の天満屋でも隔年で個展開催。
昭和31年(1956) 57歳 日本工芸会正会員。
昭和32年(1957) 58歳 岡山県指定無形文化財「備前焼」保持者に認定。
昭和33年(1958) 59歳 日本工芸会理事就任。
昭和37年(1952) 63歳 プラハ国際陶芸展にて金賞を受賞。ヨーロッパ、中近東諸国を巡る。
昭和38年(1963) 64歳 山陽新聞賞、岡山県文化賞、中国文化賞受賞。
昭和40年(1965) 66歳 中南米へ旅行。
昭和43年(1968) 69歳 古希記念展を東京日本橋三越にて開催。
昭和44年(1969) 70歳 新宮殿に゛擂座壼゛一対を納める。「備前・藤原啓」出版。岡山県天満屋で「藤原啓回顧展」開催。
昭和45年(1970) 71歳 重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。
昭和46年(1971) 72歳 勲四等旭日章受章。
昭和48年(1973) 74歳 「第二回日本陶芸展」岡山高島屋にて「平櫛田中・藤原啓二人展」開催。岡山県より三木記念賞受賞。「藤原啓備前作品集」出版。
昭和49年(1974) 75歳 岡山天満屋にて「藤原啓喜寿記念展」開催。
昭和50年(1975) 76歳 迎賓館に゛備前水指゛゛備前花入゛を納める。
昭和51年(1976) 77歳 備前市名誉市民に。岡山天満屋葦川会館にて「古備前と藤原啓・雄父子陶芸展」開催。フランス、スイス、ベルギー三カ国巡回。日本橋高島屋にて喜寿記念「藤原啓自選展」開催。岡山山陽新聞画廊にて「唐津茶碗―荒川豊蔵・小山冨士夫・藤原啓合作展」開催。
昭和52年(1977) 78歳 東京高島屋にて「ヨーロッパ巡回帰国記念藤原啓・雄展」開催。財団法人「藤原啓記念館」完成。
昭和53年(1978) 79歳 岡山高島屋にて「藤原啓一門展」開催。旧宅跡に藤原啓記念碑建立。
昭和54年(1979) 80歳 傘寿記念展を岡山天満屋、姫路山陽、東京高島屋にて開催。
昭和55年(1980) 81歳 岡山県郷土文化財団に自作三十点を贈呈。
昭和56年(1981) 82歳 東京高島屋、大阪高島屋、姫路山陽、広島天満屋にて「藤原啓のすべて展」開催。「藤原啓自選作品集」出版。名誉県民(岡山県)に。
昭和57年(1982) 83歳 岡山天満屋にて「藤原啓の世界展」開催。記念館にて「藤原啓の交友展」開催。
昭和58年(1983) 84歳 死去。勲三等瑞宝章受章。

(藤原備前三代「炎の詩」ウエブサイトより参照させて頂きました。 http://www.fujiwarabizen.com/index.html

 byキョーコ

 


人気ブログランキングへ

東京都内にて、人間国宝 藤原啓作 備前徳利をお譲り頂きました

 
人気ブログランキングへ

 

東京都内にて、人間国宝 藤原啓作 備前徳利をお譲り頂きました。

 

鑑定人である長男雄氏(人間国宝)は平成13年に70歳で逝去されましたが、現在は雄氏のご長男、和氏が活躍されています。 

 

[藤原啓 略歴] 

明治32年(1899) 岡山県和気郡伊里村穂浪字井田(現、備前市)で生まれる。
昭和13年(1938) 39歳 陶工三村梅景を知り、築窯、原土の入手、ロクロ成形などの指導を受ける。
昭和14年(1939) 40歳 初窯を焚く。
昭和17年(1942) 43歳 備前焼研究家桂又三郎の斡旋により、第一回個展を岡山市禁酒会館で開催。
昭和23年(1948) 49歳 国の指定による丸技作家の資格を受ける。
昭和24年(1949) 50歳 岡山県文化連盟賞受賞。
昭和28年(1953) 54歳 日本橋壼中居で個展開催。
昭和29年(1954) 55歳 北大路魯山人の斡旋により、日本橋高島屋で個展開催。
昭和30年(1955) 56歳 東京日本橋三越で個展を開催。岡山市の天満屋でも隔年で個展開催。
昭和31年(1956) 57歳 日本工芸会正会員。
昭和32年(1957) 58歳 岡山県指定無形文化財「備前焼」保持者に認定。
昭和33年(1958) 59歳 日本工芸会理事就任。
昭和37年(1952) 63歳 プラハ国際陶芸展にて金賞を受賞。ヨーロッパ、中近東諸国を巡る。
昭和38年(1963) 64歳 山陽新聞賞、岡山県文化賞、中国文化賞受賞。
昭和40年(1965) 66歳 中南米へ旅行。
昭和43年(1968) 69歳 古希記念展を東京日本橋三越にて開催。
昭和44年(1969) 70歳 新宮殿に゛擂座壼゛一対を納める。「備前・藤原啓」出版。岡山県天満屋で「藤原啓回顧展」開催。
昭和45年(1970) 71歳 重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。 
昭和46年(1971) 72歳 勲四等旭日章受章。
昭和48年(1973) 74歳 「第二回日本陶芸展」岡山高島屋にて「平櫛田中・藤原啓二人展」開催。岡山県より三木記念賞受賞。「藤原啓備前作品集」出版。
昭和49年(1974) 75歳 岡山天満屋にて「藤原啓喜寿記念展」開催。
昭和50年(1975) 76歳 迎賓館に゛備前水指゛゛備前花入゛を納める。
昭和51年(1976) 77歳 備前市名誉市民に。岡山天満屋葦川会館にて「古備前と藤原啓・雄父子陶芸展」開催。フランス、スイス、ベルギー三カ国巡回。日本橋高島屋にて喜寿記念「藤原啓自選展」開催。岡山山陽新聞画廊にて「唐津茶碗―荒川豊蔵・小山冨士夫・藤原啓合作展」開催。
昭和52年(1977) 78歳 東京高島屋にて「ヨーロッパ巡回帰国記念藤原啓・雄展」開催。財団法人「藤原啓記念館」完成。
昭和53年(1978) 79歳 岡山高島屋にて「藤原啓一門展」開催。旧宅跡に藤原啓記念碑建立。
昭和54年(1979) 80歳 傘寿記念展を岡山天満屋、姫路山陽、東京高島屋にて開催。
昭和55年(1980) 81歳 岡山県郷土文化財団に自作三十点を贈呈。
昭和56年(1981) 82歳 東京高島屋、大阪高島屋、姫路山陽、広島天満屋にて「藤原啓のすべて展」開催。「藤原啓自選作品集」出版。名誉県民(岡山県)に。
昭和57年(1982) 83歳 岡山天満屋にて「藤原啓の世界展」開催。記念館にて「藤原啓の交友展」開催。
昭和58年(1983) 84歳 死去。勲三等瑞宝章受章。

(藤原備前三代「炎の詩」ウエブサイトより参照させて頂きました。 http://www.fujiwarabizen.com/index.html

 

四十歳にして陶芸の道に入り、華々しい活躍をした藤原啓の足跡を辿れるのが財団法人藤原啓記念館です。

岡山県へお越しの方はどうぞお立ち寄りください!

byキョーコ 


人気ブログランキングへ

千葉県柏市で、十三代酒井田柿右衛門の額皿、錦 松竹梅鳥文をお譲り頂きました


人気ブログランキングへ

 

千葉県柏市で、十三代酒井田柿右衛門の額皿、錦 松竹梅鳥文をお譲り頂きました。

直径は27.7センチです。 

酒井田家は、慶長初年(1596年)の頃に有田郷、南川原で陶業を営み、鍋島の藩政下において御用保護を受けました。

初代柿右衛門が日本で初めて磁器に赤絵付けを試みることに成功したのは寛永末年(1644年)で、正保3年前後(1648年)には安定した色絵磁器を焼造しています。

この赤絵完成には初代の大変な苦労があったということで、逸話は明治末頃歌舞伎座、帝国劇場をはじめ、各地の舞台で上演されたそうです。

二代三代は早世だったそうですが、五代柿右衛門は元禄文化を背景に優品を世に残し、五代・六代の頃はオランダ東印度会社によって、ヨーロッパ市場にも交易されました。 

十三代柿右衛門は明治39年に生まれ、昭和38年に襲名します。

昭和39年 日本工芸会正会員に認定される
昭和45年 佐賀県陶芸協会会長に就任
昭和46年 国重要無形文化財総合指定を受ける
昭和47年 紫綬褒章を受章
昭和51年 柿右衛門古窯跡第1次発掘
昭和52年 柿右衛門古窯跡第2次発掘
昭和53年 勲4等旭日小綬章受章 柿右衛門古窯跡第3次発掘
昭和57年 75歳で 歿。正五位に叙せられる 13代柿右衛門 有田名誉町民の称号を受ける

十三代経歴は柿右衛門窯web参照

 

↑ 「柿右衛門の栞」に掲載されていた写生中の十三代

 

今年2月には十五代柿右衛門が襲名されました。

先日ご紹介の今右衛門同様、伝統技術はしっかりと守り受け継がれています。:hoshi1:

byキョーコ

人気ブログランキングへ

千葉県柏市で、十二代色鍋島窯、今泉今右衛門の錦薔薇絵額皿をお譲り頂きました

 
人気ブログランキングへ

 千葉県柏市で、十二代色鍋島窯、今泉今右衛門の錦薔薇絵額皿をお譲り頂きました。

 

宮内庁御用達 十二代色鍋島窯、今泉今右衛門(1987-1997年)は1948年に十二代を襲名したのち、

1959年 皇太子御成婚に際し、和食器一揃い注文を受け納品

1967年 色鍋島の技術に対し、紫綬褒章を受ける

1971年 色鍋島技術保存会代表として、国の重要無形文化財総合指定の認定

1972年 勲四等旭日小綬章を受ける 

などの活躍をされました。(今右衛門web参照

 

共箱同封のリーフレット記載によると、今右衛門焼の特色として、創業以来300年間一子相伝の色絵の秘宝により、

一 時代が経つにつれてその色彩が冴えてくる

二 焼きが強いので使って丈夫である

三 長く使って決してあきのこない品物である

とあります。 

 

 

このように技術が完成され、今日に受け継がれるまでには、苦難の道があったようです。

同じくリーフレットには略歴として、

日本の陶磁器発祥の地として有名な有田の赤絵町に於いて、300年前より佐賀藩主鍋島公の御庭焼(江戸時代、藩主、城主、老臣などが、城内や邸内に窯を築いて焼かせた陶磁器)、色鍋島の絵師として代々秘伝を継承。

明治期以後御庭焼が廃止となり、伝統技術の維持存続に相当な苦心を重ねるも、元禄時代にも劣らぬ作品の優美さに国内外の愛好家に真価を認められ益々愛用されるように。

終戦後は十二代により先述のような華やかな活躍があったとのことです。

 

伝統芸術の維持存続には国の理解や協力、保護が必要不可欠です。 

現在ご活躍されている十四代今右衛門さんもまた、先日10月28日に、

「重要無形文化財保持者(人間国宝)」

の認定をお受けになったそうです。 :hoshi1:

今右衛門のご先祖様、安泰でございますね。

byキョーコ 


人気ブログランキングへ

PAGE TOP

電話受付メールでのお申込みはこちら