「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」の機関誌、『ツーリスト』が入荷しました~1940年東京オリンピックに向けた観光国策の時代

 先日は横浜市中区山手町のお宅に出張買取にうかがいました。大正時代からお住まいとのことでした。オールドノリタケ、オールド香蘭社、錫の茶托、煎茶器、書道道具、鉄瓶、軍用品、軍装品、万年筆、掛け軸をお譲りいただきました。ありがとうございます!
===

 そういえば、7月末から東京で大きなイベントが予定されていたはずですね。新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、東京オリンピックを開催する運びになったのでしょうか。しかしながら、日本各地で相次ぐ豪雨災害を思うと、オリンピックを素直に楽しめたかどうか、と考え込んでしまいます。

 様々な問題が招致の段階から指摘され続けてきた2020年の東京オリンピックではありますが、それでもなお、オリンピック開催をあきらめない方もおられるかもしれません。それは、心から開催したいと願っている、という場合もあれば、悩んでいるけれども開催中止と言い出せないので、できれば開催に漕ぎ着けたい、ということも想像されます。

 なぜ、後者のような想像をしたのかといえば、オリンピックは開催国の政府が主導する大掛かりな計画から距離をとることが難しいからです。オリンピックに個人としてどのような思いで関わるにしろ、推進側に入ってしまったら、政府関係の事業に否応なしに巻き込まれることになるでしょう。そうなれば、スポーツないし観光にかける真っ当な気持ちと折り合いを付けなくてはいけない事態にも直面するかもしれません。あるいは、そのような汚れなき思いを持ちつつも、想像もできないような害悪に加担してしまう可能性があります。

 ここまで若干抽象的な話をしましたが、とはいえ全く根拠のない話ではありません。そこで、具体例を挙げるべく、「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」の機関誌、『ツーリスト』をひもといていきます。『ツーリスト』の1936年3月号のある記事を題材に、オリンピックに関わること、とはどのようなことなのかを考えるきっかけを提示したいと思います。

ツーリスト

 ここで取り上げるのは、斎藤光正「ベンフェス・クラブ(Benfes Culb)に就て」です。ベンフェス・クラブとは、1935年10月に設立された、旅行ガイドや観光事業に関する研究に従事する学生が集う団体です。ベンフェスとは、聖書の “Be forgetful to entertain strangers”を略したものです。これを団体名としたということは、「旅人たちを楽しませることを忘れないで」という決意表明でしょうか。

 しかし、そのような決意表明が貫徹されるような環境だったかどうか、この点が気になります。自分たちがコントロールすることのできないような、大きなシステムの中の歯車となってしまったのではないか、と疑わせる文言が、この記事の中にあります。少し長くなりますが、引用します。

「目下、来る一九四〇年即ち皇紀二六〇〇年を期して万国オリンピック大会の招請を目して国際観光局は厖大なる観光事業5ケ年計画実施せんとして居る、今や観光事業は重大なる国策遂行の時代に入らんとして居るのである。」

 こう述べた上で、ベンフェス・クラブはこの流れに貢献していきたいと表明しているのです。純粋に旅人たちを楽しませる、だけであったかどうか、現在の私たちが直面している問題を併せて振り返ってみるべき歴史だと思われます。

 現在、くまねこ堂には『ツーリスト』が、1932年の第22巻第6、12号、1933年の第21巻第6、7、9号、1934年の第22巻2、9、11、12号、1935年の第23巻第2号、1936年の第24巻第3号の計11冊ございます。お電話またはメールフォーム、LINEにて、お気軽にお問い合わせ下さいませ。スタッフ一同心よりお待ちしております!

小野坂


人気ブログランキング


よろしければシェアお願いします

2020年7月に投稿したくまねこ堂の記事一覧

この記事のトラックバックURL

くまねこ堂 出張買取対応エリア

関東を中心に承っております。
詳しくは対応エリアをご確認ください。

PAGE TOP