昭和戦前期の日本内地・朝鮮・満州・中国の地図が入荷しました!~その5 地図を補完する写真史料の紹介
先日は、川崎市幸区へ出張買取でおうかがいしました! 駄玩具、ブリキ、セルロイドの人形、双六、めんこなど珍しい品々をお譲りいただきました!ありがとうございます!
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旧陸軍の第一師団技師および関東軍経理部長として、満州での工事や測量にあたっていた方が収集し、ご遺族によって保管されていた地図や回想記録などをこれまで紹介してきましたが、それはお譲りいただいたもののほんの一部にすぎません。あわせて、その中には、地図や文字史料とは趣が異なる史料も含まれております。その例としては、以下のアルバムが挙げられます。
そこで今回は、満州事変の一幕を収めたいくつかの写真を取り上げたいと思います。満州事変の時期だというのは、1ページ目から、1931年9月19日の関東軍司令官本庄繁の布告があるからです。
戦闘による死傷者の存在を生々しく伝える写真もあります。「血染ノ日ノ丸敵弾ヲ受ケタル鉄カブト」とのキャプションがあります。
戦争は単なるドンパチ騒ぎでは成り立ちません。輸送路の確保など通信・交通のメンテナンスは、軍事行動において重要な意味があります。その中でも、鉄橋の修理などは、陸軍技師の活躍の場だったのでしょうか。これについては、以下の様な写真があります。
戦利品として敵軍の兵器を押収することが盛んに行われていた様子も、以下の写真からも見て取れます。
このアルバムの収められた写真には、単なる戦闘行為にどどまらない、広い意味での軍事行動について考えるきっかけが随所に含まれているように思われます。その意味で貴重な史料であると考え、今回ご紹介させていただきました。
なお、本ブログでは、先般から申し上げております通り、ひとまず史料の出所の詳細は公開しないことにいたしました。詳細につきましては、お電話またはメールフォーム、LINEにて、お気軽にお問い合わせ下さいませ。可能な限りお答えしてまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
小野坂