中川與之助『ナチス社会建設の原理』(冨山房、1941年)が入荷しました~ナチ・ドイツの進歩性合理性⁉

 先日来、近代日本の戦争に関する書籍が入荷したことを受けて、それらを紹介する投稿を続けております。これまでは、加藤陽子『戦争の論理 日露戦争から太平洋戦争まで』(勁草書房、2005年6月)、その続編として長谷川雄一編『大正期日本のアメリカ認識』(慶應義塾大学出版会、2001年)を紹介するブログを投稿してきました。今回は、昭和戦時期に刊行された本を紹介していきます。

ナチ・ドイツ

 中川與之助『ナチス社会建設の原理』(冨山房、1941年)です。著者の中川は1894年生まれで当時京都帝国大学教授であった人物です。彼は1930年代初頭にドイツに留学し、ヒトラー率いるナチ・ドイツの成立を目の当たりにしています。

 そうした経歴を持つ中川は、ナチ・ドイツのどこに着目し、それを称揚するような本を書いたのでしょうか。そうしたことを念頭に『ナチス社会建設の原理』を読んでいくと、その第5章第4節「理念的にみたるナチス社会政策の進歩性、合理性」という部分に目が止まりました。この部分において中川は、自身が求めたことをナチ・ドイツの実例に重ね合わせながら述べたのではないか、と思われたからです。実際、中川は「ナチス社会政策の根本理念が、民族のため人間のための経済を創造し、人間のための社会を建設しよう」とすることに置かれているとして、その社会政策と経済政策との密接な結合を「進歩性合理性」の表れだと述べています。

 むろん、ナチ・ドイツのあり方や、それが引き起こした非人道的な惨事は、今日とうてい容認できるものでありません。中川はナチ・ドイツが「民族のため人間のための経済を創造」しようとしたと述べていますが、民族という集団と人間個人、その両方の要求を満たす政策とは何でしょうか。これも容易には想像がつきません。けれども、戦時期の日本人がなぜナチ・ドイツに惹きつけられ、どのような結末につながったのか、ということについて、現在の私たちは詳しく知るべきなのではないでしょうか。当時の人々が、どのような問題に直面し、何に悩み、いかに決断したのか、これら過程を追体験することを抜きにして、歴史に学ぶということができるでしょうか。そして、その学びを通して自分自身の間違いや不十分さを自覚し、それを出発点に自分なりに考えていく力を養っていくほかないのではないかと私は考えています。

 そもそも経済政策と社会政策との密接な結合が求められたのも、1929年の世界大恐慌の衝撃にいかに対応するのか、という課題に直面したからにほかなりません。そうした文脈で当時の日本やドイツについて考えるにあたり、以下の本が参考になります。

 ハンガリー出身の経済学者カール・ポランニーの思想についての第一人者であるギャレス・デイルは、1944年に刊行されたポランニーの主著『大転換』が論じた、世界大恐慌後の経済危機への対応について、次のようにまとめています。ポランニーはまず、1930年代にファシズム、社会主義、ニューディールという政治体制の「全体主義的傾向」が出現したと述べ、以下のように議論を展開していきます。このことについてのデイルによる整理を引用します。

カール・ポランニー

 「これら三つの体制は、『政治システムと経済システムの統合という根本的問題に関わる点で共通していた』が、この問題をそれぞれ異なるやり方で表現していた。社会主義が資本主義の破棄に向けて舵を切ったのに対し、ファシズムは資本主義の改革を、経済計画の導入と個人的自由や民主主義や国際協力の廃絶を通じて企てた。これら三つの体制はいずれも、共通の危機的状況(コンジャンクチャー)が違った仕方で具現されたものである。」

※ギャレス・デイル『現代に生きるカール・ポランニー――「大転換」の思想と理論』若森章孝、東風谷太一訳(大月書店、2020年)212頁。

 昭和戦前期当時の文献や、思想史研究の最新の成果を行ったり来たりしつつ、経済危機への対応について、かつて起きたこと、そして私たちが避けねばならないことは何か、と考えていこうと思います。

小野坂


人気ブログランキング


よろしければシェアお願いします

2022年1月に投稿したくまねこ堂の記事一覧

この記事のトラックバックURL

くまねこ堂 出張買取対応エリア

関東を中心に承っております。
詳しくは対応エリアをご確認ください。

PAGE TOP