買取事例
さいたま市大宮区にて、土門拳・写真集、ミュシャの複製ポスター、銅製の薬缶、CD、象牙の彫像をお譲りいただきました。

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お譲りいただきましてありがとうございます!
これまで続けて戦前の英語教材をご紹介してきましたが、『村井・メドレー ザ・ニュー・アート 英作文詳解』が発行された翌年1937年には盧溝橋事件が起き、日中戦争が勃発します。
その後中国に肩入れしたイギリスやアメリカとも対立が深まり、1940年(昭和15年)に入ると英語は「敵性語」として排斥されるようになりました。野球のストライクが「よし、一本」、サイダーが「噴出水」、パーマが「電髪」などと言い換えられたこともよく知られていますね。
Wikipédiaで紹介されている『写真週報』には「看板から米英色を抹殺しよう」と書かれており、この時期にはとても英語学習どころではなかったと思います。
この度お譲りいただいた語学教材も、当時見つかってしまえば持ち主の方は「非国民」のレッテルを貼られ、大変なことになったのではないでしょうか。そんな時代をくぐりぬけ、今に伝わった貴重な資料。
くまねこ堂にお譲りいただきありがとうございました

大切に取り扱わせていただきます!
By クラニャン

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★東京都杉並区★松庵にて歴史書、図鑑、掛け軸、腕時計(オメガ等)、お酒(ジャックダニエル等のウイスキー類)、アクセサリー、銀杯、ワイングラス(カガミクリスタル)、江戸切子、ミニカー、キャンディキャンディ・水森亜土・サンリオ等のキャラクターグッズ、古本、古道具をお譲りいただきました!

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ご用命くださいましてありがとうございます(*’ω’*)!
本日も戦前の絵葉書をご紹介致します♪
こちらも先日ご紹介した雑誌『少年倶樂部』付録の絵葉書です
今回お譲りいただいた絵葉書を裏面の印字によって分類すると、飯塚羚兒、伊藤幾久造、村上松次郎、松添健、鈴木御水、田代光という6名の作家が描いたものに分けることができました。
お写真を載せた9枚はすべて、そのうちもっとも枚数の多かった作家、飯塚羚兒(1904-2004)氏によるものです。
「伊豆新聞」(平成28年5月8日発行)の記事によると、飯塚氏は戦前より挿絵画家として活躍したのち、1955年に51歳で海洋画家に転身、以降は木版画なども精力的に手がけたそう。同氏の作品は神奈川県大和市の画廊「花の画房」の運営する「飯塚羚児資料室」で扱われたのち、昨2016年、主要作品の大半が国立昭和館(東京・九段)と玉泉寺(伊豆・下田)へ寄贈されています。(参考 http://www.geocities.jp/kamosuzu/iidukareijiten.html)
1972年のこちらの木版画では、もはや軍艦ではなく帆船をモチーフにしていますね。
飯塚氏は戦中、海軍省の職を辞して灯台職員の慰問や物資の調達・配給を行い、晩年には海事・海軍関係の慰霊活動も行っていたそうですが、同氏の戦争観や平和に対する想いはどのようなものだったのでしょうか。
今後も引き続き、海軍を描いた少年雑誌の付録をご紹介したいと思います!
By クラニャン
古時計、帯留め、サーベルの柄などの古道具を買い取りました。中野区にて。

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本日ご紹介させていただくのは昭和10年に発売された「満洲國皇帝陛下 御来訪記念」絵はがきです!

皆さん満洲(満州)といえば、なにを思い浮かべるでしょうか?
男装の麗人・川島芳子、李香蘭、第二次世界大戦、大陸の花嫁などなど…それぞれの視点や歴史、思いが
交錯する幻の国・満洲。
満洲国は1932年(昭和7)年に中国北東部に誕生した国で、皇帝となったのがかの有名な愛新覚羅溥儀、
のちに映画「ラスト・エンペラー」の主人公となる人物です。
満洲の首都は新京ですが、大連、奉天、満洲里(まんちゅり)、そして哈爾濱(ハルピン)などなど…
戦前の日本人からすると最も近い外国であり、ブルースの女王・淡谷のり子先生が「満洲ブルース」という
流行歌を歌っているほど!
どこか憧れさえ抱かせる都だったのです。
そんな異国情緒を感じさせる憧れの都の皇帝が来訪するとなると、当時の日本が大騒ぎにならない筈はあり
ません。
時は昭和10年、モダン都市文化の花盛り、戦争の影なんか見てとれない束の間の平和時代のこと。
絵はがきの中には当時の東京市(現在の東京23区を東京市と称しました)が発行した、電車乗車券が同封
されておりました!
一枚には自動車乗車券(上)とありますが、タクシーの乗車券なのでしょうか…?
↓こちらが満洲国の国旗で、国花は蘭の花、「蘭花御紋徽」が使用されておりました。
今年は満洲国建国85年。
くまねこ堂では満洲(満州)ほか、中国、朝鮮関係の資料、陶器、掛軸、書、絵画などの美術品を積極買取
させていただいております。
こばちゃん
★”遺品買い取り(遺品整理)のご依頼でした。” ★古書・古本 広辞苑第六版 切手、年賀ハガキ、ハガキ ネクタイピン、アクセサリー レコード
今回お譲りいただきました中には、江戸時代の福岡藩士から八幡製鉄所を設立し、貴族院男爵議員となった安川敬一郎(1849-1934)の書簡がございました!
書簡といいましても、ご覧の通りに表装された巻物になっており、いかに大切に保管されて来たのか伺い知ることができます。
安川敬一郎氏の簡単な経歴を辿ると、嘉永2年に筑前国(現在の福岡県)に誕生し、江戸末期に福岡藩の教員となったものの、明治5年に上京し慶應義塾に入学したが、身内の不幸のために帰郷。
しかし故郷・福岡で炭鉱事業を立ち上げたことにより莫大な富を得、明治14年には頭山満の玄洋社に参加し、その安川氏の資金が玄洋社を支えていたんだとか。
その後、なんと孫文を神戸から東京に迎えて、4年もの間、毎月500円の生活費を提供していたそうです!!!
安川敬一郎氏がいなければ「中国革命の父・孫文」もここまで大成しなかったのではないか…と思うと感慨深い書簡になります。
それにしても明治中期の500円といえば、現在に換算するとン千万になるでしょうから、中華民国のかげの立役者と言っても過言ではないでしょう。
この書簡は大正14年に知人へ宛てた近況報告ですが、なかり長い内容の手紙を読み進めてみると、普通選挙についての記述が出てくるので、恐らく大正14年に安川氏が貴族院議員として立候補した周辺の時期に差し出されたものと思われ、封筒と中身が合致していることがわかります。
「乱筆御免」からはじまる書面からは几帳面な性格や、大物こその相手に対する気配りや常識を兼ね備えていた人物だったことが伝わってきます。
歴史上の人物はやっぱり違うな!と思わせる貴重なお品でございました。
ありがとうございました!
くまねこ堂では、歴史上の人物や政治家による真筆揮毫(書画、掛軸、色紙、短冊、書簡、原稿)などのお品も高価買取をさせていただいております!!
こばちゃん
★千葉市中央区、流山市にお伺いしました 松戸市、流山市にもお伺いいたします!
やっと秋らしくなってまいりました!
相変わらず、くまねこ堂では多くのお客様から色々なお品をお譲りいただき、新規のお客様、リピーター様、誠にありがとうございます!
私達スタッフはいつも面白い品々に囲まれてお仕事をさせていただいておりますが、今回買い取りさせていただきました商品の中に、大正後期から昭和30年頃までの少年犯罪関係の資料をまとめたスクラップ帖がございました!!
特に昭和初期の記事が中心なのですが、これらの記事をみると「浅草」「モボ・モガ」のキーワードがやけに多く使用されております。
昭和レトロブームでモボ・モガ(モダンボーイ、モダンガール)が持て囃されて、お洒落で先端的な存在というイメージが強いところですが、実は「不良」として見られていたことが伺いしれます。
そんなモボが女性に声をかける際の手口が当時の新聞に掲載されておりました…
「握り、さわり」「語り」「送り」「つけ文」「打込み」「すみません」「ありがとう、おちます」「おたずね」…
と項目が振るっています(笑)
いまから90年ほど前の記事なので古く感じますが、実は現在の男性の手口とそんなに変化がないように思われますが如何でしょうか?
また今や世界中から多くの観光客が集結する浅草も、実は不良少年たちの巣窟だったんですね…
この周辺のことは、川端康成の小説「浅草紅團」(前進社 1930年)に詳しく描き出されています。
そんな昼間の浅草をゆく少年たちに「なぜ浅草にいるのか?」という質問の返答もなかなかなものです。
「なんとなく遊びに来た」「遅刻したから」「月謝を使い込んだから」…
なんか今の少年たちも、こんな言い訳をしそうです(笑)
そしてそして…戦後の記事で最も目立つのは、やはり「ヒロポン」です!!

ヒロポンは戦時中に日本で製造された覚せい剤で、終戦直後に軍の放出品として日本に氾濫したということですが、なにしろ昭和20年代まで薬局に「ヒロポンあります」の貼り紙があったということで…戦後の混乱期は想像できないほど凄い時代だったんですね~
特に芸能界でのヒロポン蔓延はものすごく、吉本専属の漫才師ミス・ワカナはヒロポン中毒で死亡し、漫談家のM・Yや、歌手のH・О、N・Kなどもヒロポンに蝕まれてていたそうです。
しかし昭和20年代後半頃からヒロポン廃絶運動が高まり、非合法の覚せい剤として認知されるようになります。
このスクラップブックには↓のようなビラも貼付されておりました。

学校で習ったり、テレビなどで放送される歴史はどうしても表面のきれいな部分でしかありませんが、このような民衆がたどった裏面史もなかなか面白いものですね!
くまねこ堂では美術品ばかりではなく、江戸、明治、大正、昭和の紙モノ資料も買取させていただいてります!
★埼玉県川口市 お茶道具、お酒(マオタイ酒等)、銀杯、全集、中国古典等をお譲りいただきました!
今回は三井物産の初代社長である益田孝(鈍翁)の書などをお譲りいただきました!
近代の実業界を代表する大物である益田孝(嘉永元年~昭和13年 享年満90歳)の経歴を簡単に見てみると…
江戸時代にアメリカ公使館に勤務、そしてヨーロッパを訪れ、明治維新後は大蔵省を経て世界初の総合商社・三井物産の初代社長に就任。茶人としても知られて「近代 小田原三大茶人」の一人として数えられていたのだとか。
江戸時代にすでに世界を見てきたすごい方なんですね…
雅号には「鈍翁」のほか「蘇生山人」「雲外山人」「観濤」などがあるということです。
今回買い取らせていただきました品は、そんな益田孝が最晩年に書いた短歌で
「細流 音もせず 小笹くぐりて 流れゆく 水の心の 静かなるかな 九十一波 孝」
と、死期を悟っていたのか、穏やかな日々と心境を重ね合わせたような言葉が印象的です。
そこで気になるのは「享年90歳」とあるのに、書には「91」と書いてあるトコロ!
勿論、ニセモノなんかではございません!
戦前まで、年齢は「数え年」だったのです!!!
わかりやすく言うと「0歳」がなく、生まれたときには既に「1歳」からはじまる訳です。
従って、数え年が91歳ということは、満90歳。
まさに亡くなった年に書かれた書ということになりますね。
くまねこ堂では茶道具をはじめ、江戸・明治・大正・昭和に描かれた掛軸、短冊、日本画、油彩絵画などを買取させていただいております。
フィギュア、玩具、楽器、レコード(ジャズ、邦楽)等を大量にお譲りいただきました。【東京都八王子市】
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東京都八王子市でフィギュア、玩具、楽器、レコード(ジャズ、邦楽)等を大量にお譲りいただきました。
ご利用いただきましてありがとうございました(*^-^*)!
昔懐かしい蚊取り線香(゜▽゜)
!
ではなく、蓋を開けると…
なにやら紙の札のようなものがぎっしり…
こちら、英単語カードなのです!
カード本体のみの入荷のため、出版社や出版年などの詳細は不明ですが、昨日ご紹介した英語教材『村井・メドレー ザ・ニューアート』と同じお宅からお譲りいただいているため、おそらく同時期1930年代中頃の教材と思われます。
ところで、上記のカードに書かれた英単語の意味、わかりますか…?
……難しくないですか…

??
英語は得意なほう~♪と自負していたクラニャンでしたが、ぜんぜんわからない( ;∀;)
単語のレベルが高いことにくわえ、見出し英単語の下には例文や紛らわしい単語などもきちんと挙げられており、これをきちんとマスターすれば相当の英語力がつくと思われます。
Fix bayonets! 附け剣!
今の日常会話ではあまり使わない例文もあるかもしれませんが…(;^ω^)
英語学習者の数は今よりずっと少なかったかと想像されますが、そのぶん少数精鋭
!
学ぶからには徹底して学んだ人が多かったと想像されます。
もとの持ち主の方もこの蚊取り線香の箱を座辺におき、すきま時間も惜しんでカードを繰ったのでしょうか。
歴史をいまに伝える貴重な資料をありがとうございました
くまねこ堂では、「おじい様やおばあ様の持ち物や古いおうちに長年しまわれていた昔の書簡や絵葉書・パンフレットなど時代を現す資料」の買取を積極的に承っております。
どうぞご用命くださいませ!
金貨、腕時計、アクセサリー、ゲーム機器(Xbox、ニンテンドー、ファミコン等)、ゲームソフトをお譲りいただきました@東京都八王子市
東京都八王子市で金貨、腕時計、アクセサリー、ゲーム機器(Xbox、ニンテンドー、ファミコン等)、ゲームソフトをお譲りいただきました!★
どうもありがとうございます(*´ω`*)!
本日から2回にわたって、戦前の英語教材をご紹介します!第1回はこちら。
『昭和7年版 松井・メドレー ザ・ニュー・アート 英作文詳解2』、パイロット社、1936年(昭和11年)

偶然にも、先日のブログでご紹介した『少年倶樂部』の付録絵葉書「帝國海軍の旗」と同年の発行ですね~!
現在、残念ながら日本の英語レベルは世界的にみてかなり低いといわれます。2013年のTOEICテストでは、日本の平均スコアは512点で、非英語圏の48カ国中40位という結果でした
あふれるほどの学習ツールや海外旅行の機会に恵まれた今日でも、こんなに英語がニガテな日本人(;・∀・)
戦前の英語レベルは目も当てられないくらいひどかったんじゃ…と想像していました。
それがしかし!
すくなくともこちらの英語教材は、とてもレベルが高く手堅い内容のものでした。
日本語の文体こそやや古風ですが、採用される例文の質はまったく現在の教材に引けをとりません。
期待していたようなオモシロ翻訳や例文などはぜんぜんなく、すこしがっかりしたくらい…(;^ω^)
以前くまねこ堂に、川島 幸希『英語教師 夏目漱石』新潮社、2000年という本が入荷しました。
同書は「小説家に専念する前の夏目漱石の教師としての事跡と日本の英語教育の草創期の様子をさまざまな資料から追った書物」(Wikipédiaより)ですが、そのなかで、漱石が19歳(1886年、明治19年頃)の時に書いた英作文の課題を、現在の東大生(とくに帰国子女など、英語力の高い学生)に解かせ、比較分析するという実験が紹介されていました。その結果、若き漱石の英語力は今のトップクラスの東大生に勝るとも劣らないことが分かったそうです。
本英語教材からさらに半世紀も前に、一部の日本人の英語は相当な水準に達していたのですね
学習方法の限られていた時代、分厚い辞書を繰りながら洋書と格闘する先達たちの姿を思い浮かべ、その並みならぬ努力に敬意の念がわいてきます。
貴重な資料をお譲りいただきありがとうございました。
くまねこ堂は戦前の古書もどしどし買取いたします。ご用命お待ちしております(^^)/
東京都葛飾区・江東区で、金銅仏、木彫仏、仏具法具(独鈷杵・三鈷杵)、仏画、仏教美術、複製品レプリカ等をお譲りいただきました!
東京都葛飾区・江東区で、金銅仏、木彫仏、仏具法具(独鈷杵・三鈷杵)、仏画、仏教美術、複製品レプリカ等をお譲りいただきました!どうもありがとうございます(^◇^)
本日は「帝國海軍の旗」と題された絵葉書をご紹介させていただきます♪
こちら裏面に「少年倶樂部繪はがき」と書かれており、1914年から46年に刊行された月刊少年雑誌『少年倶楽部』(1946年に『少年クラブ』と改称)の付録とわかります。
発行年が印字されていないため確証はありませんが、過去のオークション履歴によれば1936年(昭和11年)の付録のようです。日中戦争が勃発する前年ですね。
日章旗(日の丸)に光線が加わった意匠の旗は、「旭日旗(きょくじつき)」と呼ばれます。
1870年より帝国陸軍の軍旗、1889年より帝国海軍の軍艦旗として採用され、現在も陸海自衛隊の旗として用いられています。
私が「旭日旗」としてイメージするのは、右下の「軍艦旗」に採用された光線(光条)が16条のものでしたが、その他にも光条の数が違うものや、地と図の色が反転したものなど、いろいろなバリエーションがあるのですね(゜▽゜)!ちなみにWikipédiaにも、旧海軍の旗のデザインがまとめられています。

ふむふむ、絵はがきと同じだな…と思って見ていると、ん?日の丸の位置が違う?
「軍艦旗」の日の丸は、はがきでは右寄り、Wikipédiaでは左寄りにあるけど…大丈夫?
と思ってすこし調べると、海軍の旭日旗の日章位置は、左右というより「旗竿側」に寄せるというルールがあるのですね。というのも、当初は「軍艦旗」も旧陸軍と同じように日章を中央に置いたところ、軍艦が海風のなかスピードを出して進むため旗が強くはためき、日章部分が視認しづらくなってしまったとのこと。そこで1889年の制定時には、日章位置を風の影響を受けにくい旗竿側に6分の1ずらすことになったそうです。
現在バングラディシュの国旗も同じ工夫を採っていますね。
これにより、日章が中央にある旧陸軍旗↓との区別もつきやすくなりました。
まあよく考えれば、旗は両面に意匠が刷られるのですから、表裏で左右が反転するのは当然でしょうか(;・∀・)地図帳などには、通常国旗のおもて?面(旗竿が左にある面)だけが掲載されているので、私はアメリカ星条旗といえば星の位置は左上!といった左右のイメージで記憶していました。でも実際は裏面もありますよね~

日本の歴史の重要な一部分である「旭日旗」ですが、とくに近年はこの意匠が軍国主義を想起させるとして忌避されがちです。私もこれまでじっくり見たり、その歴史をきちんと学ぶ機会がありませんでしたので、この度は大変勉強になりました!
貴重な資料をどうもありがとうございます
くまねこ堂では、古い紙もの、古資料、古絵葉書など、価値ある歴史資料のお取り扱いをしております。
ぜひご用命くださいませ
By クラニャン
興福寺中金堂再建記念特別展-「運慶」の展覧会案内をいただきました
興福寺中金堂再建記念特別展-「運慶」の展覧会案内をいただきました。
誠にありがとうございます。
表紙は左が
無著菩薩立像(むじゃくぼさつりつぞう)-奈良・興福寺
右が
八大童子立像のうち制多伽童子(せいたかどうじ)-和歌山・金剛峯寺
どちらも国宝です。
運慶のいた平安時代は仏像といえば「定朝様(じょうちょうよう)」という、いわゆる誰もが想像するおだやかーな顔で肉付きの浅い
悪くいうと人間ぽくないビジュアルがもてはやされていた時代でした。
つまり平安貴族の趣味でした。
それに比べると運慶の作品はだいぶがっしり、ムッチリしています。
運慶の作品の特徴は力強さとリアリティです。
木に血が通っているような感覚です。
会期は9/26-11/26
東京国立博物館で開催されます。
特別サイトも超豪華です
ヨシダ































