買取事例

永遠のヒーロー「鉄腕アトム」アトム/ウランちゃん/お茶の水博士の特大フィギュアをお譲りいただきました。【千葉県船橋市】


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日本のウォルト・ディズニーと言われた手塚治虫さん。
その中でも鉄腕アトムは最も親しまれたヒーローの一人ではないでしょうか。

平成の世になっても、リメイクをされ当時子供だった方の子供、もしかしたら孫の世代がみても人気のヒーローアニメはなかなかないのではないでしょうか。
とはいえ、私も平成版しかしらない世代の一人なわけですが:wakaba:
アトムの魅力はやはり、ロボットでありながら人間と同じように泣いたり笑ったり怒ったりすることだできたことではないでしょうか。
今では当たり前の設定となっているアニメばかりだとは思いますが、やはりこの設定をまず考え付いたことが素晴らしいと思います。

ロボットという存在を超えて感情移入ができるヒーローでありながら、ヒーローの絶対条件ともあるべき桁はずれのスーパーパワー、痛快なまでの勧善懲悪に
子どもも大人も魅了されるんですね:hei01:

 

ヨシダ


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貴金属、お茶道具、煎茶道具、カメラ等を神奈川県横浜市港南区にてお譲りいただきました。


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これまでと毛色が変わってルーニーテューンズの特大フィギュアです。

今でも子供から大人まで親しまれて第一線で活躍する世界的人気キャラクターバッグス・バニーとルーニー・テューンズですがその歴史は古くなんと戦前から活動しています:shock:

ディズニーとよく似ているタッチの絵柄だなーと当時の幼い私は思っていたのですがルーニーテューンズはこの長い歴史の中でいくつかの作品は著作権の更新に失敗しパブリックドメインとなりました。
その中のひとつ、数ある作品の中でも問題作と言われる"All This And Rabbit Stew"というものがあります。

アメリカン・アニメーションのタッチはもともとキャラクターの特徴を誇張している場合が多いと思われますが
それが特に顕著に表れてしまい、差別的な形状にまで盛られたキャラクターが問題視され自主規制という形をとりました。
(話の内容はそこまで過激ではないのですが、大人が見ればわかるような内容です。youtubeに流れているのでぜひ見てください)

そんなこんなで、そういった表現でお蔵入りになった作品は11本。
“Censored Eleven”と呼ばれてます。

この中にはいかにも戦争中!というような作品もあり、反日プロパガンダが詰め込まれたようなものまで...

アメリカン・アニメーションの中で風刺を描くというのはもはや文化に近いものなのかもしれませんね。

ヨシダ


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洋食器、カップ&ソーサー、絵画・小暮真望リトグラフ、万年筆を買取りさせていただきました@千葉市美浜区磯部


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洋食器、カップ&ソーサー、絵画・小暮真望リトグラフ、万年筆を買取りさせていただきした。
この度はお譲りいただきまして、誠にありがとうございました。

mizuki shigeru gegegenokitarou

 

本日は水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」の等身大フィギュアです。

水木しげるといえば、ゲゲゲの鬼太郎です。

妖怪などを含むその土地の妖怪伝承についての文章を書いたのは、遠野物語で有名な柳田国男さんですが
水木先生も当然、作品を作るうえで柳田国男は外せない人物だったらしく
ある書籍のあとがきで「柳田国男の妖怪談義は愛嬌があっていいけど、形がないので全部ぼくが作った」と言っています。

その本こそ「妖怪画談」です。
私も前から思っていたのですが、日本の妖怪は、西洋の妖怪に比べると、水木先生がおっしゃるように確かに愛嬌がありますよね。

不気味で、ときに悪さをしてくる存在だけど、どこか憎めないしむしろ親近感がわいてくるというのは日本の妖怪独特の存在感のような気がします。
もともと妖怪は人間が作りだした、自然に対する恐怖や、形がないものに対する不安などが想像力によって描き出されたものではありますが、
本来自然を悪いものだと考えない日本人のアミニズムな感覚から生み出された妖怪だからこそ愛嬌があるのかもしれませんね。

 

ヨシダ


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大型フィギュア(手塚治虫、水木しげる、横山光輝のマンガキャラクター多数、バックスバニー、トゥイ―ティー他)、ソフビ人形、ミニカー、玩具等、コレクターアイテム、レトロ雑貨を多数お譲りいただきました!@東京都北区


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tezuka

手塚治虫の大人気コミック、リボンの騎士からサファイアの特大フィギュアです。

話のあらすじは省きますが、王権がかかっているためとはいえ王子の格好をしなくてはいけない主人公サファイアですが
実はフリルやかわいいドレスが大好き。話の要所要所で描かれる抑えきれない乙女心のサファイアが本当にかわいいストーリーです。

近年は少女漫画でも、ものすごい怪力やスーパーパワーを駆使して戦う主人公が多いのですが、サファイアはあまりそういうのはありませんw

あくまでも可憐でかわいく、運命に翻弄されていく。
リボンの騎士は王道のベタベタの少女漫画と言えます。

 

ヨシダ


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【第5回- ②】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは~クラニャンです♪

昨日は、汝窯を考えるシリーズ第5回「汝窯ってこんなもの…?」と題し、①青白磁(景徳鎮窯)=汝窯ではないか?という、20世紀初頭のイギリスで提唱された説をご紹介しました。
本日はその続きとして、②耀州窯=汝窯?という説について考えてみたいと思います。

【第5回】汝窯ってこんなもの…?
     20世紀前半における汝窯像の変遷

②耀州窯=汝窯?(1931年~50年代頃)
1931年2月、原田玄訥(はらだげんとし)師という西本願寺の僧侶が中国で大きな発見をしました。
河南省の臨汝窯(りんじょよう)という古い窯跡を調査中、:hoshi1:青磁の陶片:hoshi1:を見つけたのです。
なんでお坊さんがやきものの調査をしているの?と思われるかもしれませんが、こちらは同じ本願寺派の法主 大谷 光瑞(おおたにこうずい、1876-1948)師 ↓から与えられたミッションでした。

大谷 光瑞

大谷 光瑞師(Wikipédiaより)

大谷師は仏教資料の研究のため、西域の調査を精力的に行った人物として知られています。
3度にわたり派遣された「大谷探検隊」(1902-14年)↓ は、シルクロード研究を大きく前進させたことで有名ですね。

大谷探検隊

大谷探検隊(龍谷大学文学HPhttp://www.let.ryukoku.ac.jp/about/isan.htmlより)

 

さて大谷師の命で発見された青磁の陶片ですが、当時の日本人はこれこそが汝窯だろう!と考えました。
原田師が調査した河南省の臨汝窯(りんじょよう)は、その後おとなりの陝西省で発見された耀州窯(ようしゅうよう)の一系統とみなされますが、その作風は次のようなものでした。

耀州窯

愛知県陶磁資料館HP「中国陶磁器生産地地図」に加筆

 

耀州窯

《青白刻花牡丹唐草文瓶》耀州窯、北宋時代、大阪市立東洋陶磁美術館(『聚美』Vol.22、46頁より)

 

なんと、今まで見てきた青磁とずいぶん印象が違いますね~Σ(・ω・ノ)ノ!!
オリーヴグリーンの釉薬がシャープな彫り模様に溜まり、なんとも渋い風格を醸し出しています。
当時の人々は、このような厳しさをたたえた造形こそが宮中の御用品に相応しい美だと考えたようです。

しかし、北宋の皇帝が目指した青磁は「天青色」であったはず。
「天青色」とは、「雨過天青 雲破処(うかてんせいくもやぶるるところ)」という言葉から生まれた色名です。「雨上がり、雲のあいだからのぞく空の青」という意味ですね。

雨過天晴

大阪市立東洋陶磁美術館HP(http://www.moco.or.jp/exhibition/past/?e=366)より

 

北宋に先立つ後周時代、皇帝の柴栄(さいえい)が理想の青磁の色をこのように表現し、その実現に尽力するよう御用窯に命じられたと伝えられます。
しかし、天空のような澄んだ青色を出すのは至難の業。それをやっと実現させたのが、北宋8代皇帝の徽宗がつくらせた汝窯青磁だと言われています。

柴栄や徽宗は、雨上がりの青空を国難を乗り越えて得られる平和の象徴とみなしていたそうです。
そう考えると、耀州窯のオリーブ色はちょっと違うのではないかな~と思いませんか?
深みのある素敵な色味ですが、雨上がりの空がこんな色だったらちょっと嫌かも…(;´・ω・`)

でもわが国では、このような耀州窯の作品を汝窯とみなしていた時期があったんですね。

次の第6回はいよいよ、これらの先行する汝窯像を覆し、その実像に迫ったパーシヴァル・ディヴィッド卿の功績についてご紹介します(^▽^)/

 

By クラニャン

なお、耀州窯に関してましては、出川哲郎氏「耀州窯の青磁について」という記事に詳しく説明されています。
(大阪市立東洋陶磁美術館HP http://www.moco.or.jp/journal/171/
ご関心のある方、ぜひご覧くださいませ。


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【第5回 - ①】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!


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こんにちは、クラニャンです!

今年10月初めに、香港サザビーズの競売で「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額で落札されました。 このニュースをきっかけに、くまねこ堂ブログでは「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、シリーズで考えてまいりました:hoshi1:

汝窯

「北宋汝窯天青釉洗」([香港 3日 ロイター]より)

第1~3回(10月15日~17日)ブログでは、まず汝窯青磁のイメージをつかむため、近年の国内展覧会から実際の作例をいくつか検討しましたね。
後半の第4~7回では、汝窯の研究史を振り返りながらもうすこし深く勉強していきたいと思います。

 

前回第4回(10月22日)は、「『汝窯』という名称はどこから出てきたの??」というテーマでお話ししました。
「汝窯」は、宮廷御用達のやきものを指す名前として、早くも北宋末~南宋時代の諸文献に登場します。
しかし長らく研究史上では、その「汝窯」が実際にどのような作品群を指しているのか突き止められずにいました。
今日明日は、第5回「これが汝窯…?」と題し、20世紀前半の研究者たちが抱いていた汝窯像の変遷を見ていきたいと思います。
なお前回に引き続き、『聚美』Vol.22、学研プラス(Gakken Mook)、2017年を参考文献としています。

 

【第5回】これが汝窯…?
     20世紀前半における汝窯像の変遷

①青白磁(景徳鎮窯)=汝窯?(20世紀初頭の説)
20世紀初頭、イギリスの研究者を中心に提唱されたというのが、汝窯とは「青白磁」↓ のことではないか?という説。

青白磁

《青白磁瓜形水注》景徳鎮窯、北宋時代、大阪市立東洋陶磁美術館(上掲書、45頁より)

んん…?これって青磁?白っぽく見えるけど…と思われるかもしれません。

そう、「青白磁」は青磁ではなく、青みがかった「白磁」に分類されるやきものです。
こちらは一般的な白磁と同じように、純白の胎土に透明な釉薬をかけてつくられますが、釉のなかに微量に含まれる鉄分が還元焼成によってうっすらと青く発色しています。以下↓の青白磁には、青みがもっとはっきりと出ていますね。

影青

「浦上蒼穹堂」さま2013/09/30コラムより(http://www.uragami.co.jp/blog/2013/09/19.html

 

青白磁は、宋・元時代の景徳鎮(けいとくちん)窯↓で盛んにつくられ流行しました。「影青(いんちん)」とも呼ばれ、月の光を浴びてぼんやりと発光するような青色が美しいとされています。

景徳鎮 地図

愛知県陶磁資料館HP「中国陶磁器生産地地図」に加筆

 

20世紀初頭のイギリスでは、このような磁器こそが宋代の文献に名高い「汝窯」だ!と考えられたのですね。

第5回「汝窯ってこんなもの…?」は明日へと続きます♪
by クラニャン


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東京都北区にて、ソフビ人形(アンパンマン/怪物くん/ギャートルズ/もーれつア太郎)、ミニカー、玩具等、昭和レトロなコレクターズアイテムをお譲りいただきました。


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東京都北区にて、ソフビ人形(アンパンマン/かいぶつ君/ギャートルズ/もーれつア太郎)、ミニカー、玩具等、昭和レトロなコレクターズアイテムをお譲りいただきました。

誠にありがとうございます。

gya-toruzu

今回のは恐らく復刻品だと思われますが
当時物だと結構レアなんだとか.....

fujiko A FUJIKO

 

箱が付いている場合はぜひ!捨てない方がいいそうです
捨てない方がいいそうですよ(大事なことなので2回言いましたw)

akatsukafujio

 
ヨシダ

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本日は世田谷区代沢まで出張に参りました!記念硬貨、外国のコイン、書き損じはがきなどをお譲りいただきました


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本日は世田谷区代沢まで出張し、記念硬貨、外国のコイン、書き損じはがき、CD、DVD、趣味の本などをお譲りいただきました。
この度は誠にありがとうございました!

そして本日はこちらのお品物をご紹介!
「幸福の猫」と書かれたこの小箱 ↓
猫と聞いて開けないわけにはいきません…(`・ω・´):hoshi1::hoshi1:

郷土玩具、猫

 

じゃ~ん:heart: ↓

郷土玩具

かわいい~:heart: 身長約2cm(!)の小ささです。

この赤リボンの黒猫さん…どこかで見覚えがあるような?
と思ったらこちらでしょうか ↓

ジジ

【魔女の宅急便】大きな貯金箱(プレミアムジジ)(Village Vanguardオンラインストアより)

ジブリアニメ『魔女の宅急便』に登場するヒロインの相棒、ジジ(*´ω`*)!

なお、お譲りいただいた郷土玩具には、別の黒猫さんもいたのですが…↓

郷土玩具

あまりにも手足が長い…(゜゜)!!!
伸びをしているところにしても、な、長すぎる…

くまきち店主と従業員のあいだでも、日本各地に伝わる妖怪「手長足長(てながあしなが)」のようだと盛り上がりました。
また、歌川国芳によるこちらの浮世絵も連想されるかもしれません ↓

手長足長

歌川国芳「浅草奥山生人形」19世紀半ば 大判錦絵二枚続 36.2x49.5(cm)より部分

浅草で催された1855年の見世物を描いたこちらの錦絵。
熊本出身の有名な人形師・松本喜三郎が、古代中国に伝わる異境の人々の「生人形(いきにんぎょう)」をつくり、興行した様子です。
出典となった中国の地誌『山海経』(せんがいきょう)によれば、手長の人物は「長臂(ちょうひ)国」、足長の人物は「長股(ちょうこ)国」に住むとされます。
(国立民族博物館HP 吉田憲司「浅草奥山生人形 2008年11月19日刊行」参照)

この猫さんも手長足長の国から来たのかな~( *´艸`)
なんとも不思議なお品物でした。

くまねこ堂では、古道具・伝統工芸品・細工品などのお品物もどしどしお待ちしております。
ぜひご用命くださいませ!

by  クラニャン


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★リピーターのお客様★ 埼玉県さいたま市大宮区吉敷町にて、カップ&ソーサー、アラビア、リサラーソン、洋食器、中里太郎右衛門、郷土玩具、蕎麦猪口、外国コイン、古銭、ふくろうの置物をお譲りいただきました!


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埼玉県さいたま市大宮区吉敷町にて、カップ&ソーサー、アラビア、リサラーソン、洋食器、中里太郎右衛門、郷土玩具、蕎麦猪口、外国コイン、古銭、ふくろうの置物をお譲りいただきました!
リピーターのお客さまです、いつもどうもありがとうございます(>▽<):heart::heart:

今日はこちらのお品物をご紹介…

清水豆人形

七福神の郷土玩具です!!
こちらは「豆人形」と呼ばれる、大豆サイズの小さな土人形。
京都の清水(きよみず)で売られるものが有名です。

神様ごとの特徴的な衣装や持ち物が、素朴ながら丁寧に描き分けられていますね。
こちらの絵付けは、成型・焼成したあと竹串に刺して行われるそう。
底面にはその穴が残っています。↓

清水豆人形

 

おいおい、ちょっと待て!
七福神と言いながら8体いるじゃないか…!!
と気がついてくださった方、ありがとうございます(*´▽`*)♪
実は同じお宅から、こちらの「木彫りのサンタクロース」もお譲りいただきました。↓
清水豆人形

ちょっと大柄で角ばっていますが、七福神メンバーの仲間にも入れそうな雰囲気…:hoshi1:

横に並ぶのは「大黒天(だいこくてん)」と「布袋尊(ほていそん)」。
彼らはみな、多くの場合大きな白い袋を持った姿であらわされます。
(※こちらの豆人形では、布袋の袋は省略されています)

彼らの袋には、贈り物や幸福、財宝など、ありがたいものがつまっていると考えられるのが一般的です。
でもこれらの神さまの出自を知ると、実は袋を持つようになった事情はさまざまのよう( *´艸`)

例えば大黒天のルーツのひとつは日本神話の神様「大国主命(おおくにぬしのみこと)」ですが、彼はお兄さんたちの荷物(!)を持たされていたと伝えられます。
『古事記』のなかで「因幡の白兎」として知られるエピソードには、兄弟神たちが「於大穴牟遲神負帒、爲從者率往(大穴牟遲神 [おおなむぢのかみ=大国主命のこと]に袋を持たせ、従者のように引き連れた)」と書かれています。
いじめられっ子だったんですね…:ase1:そう考えると、大黒様のニコニコ顔もなんだか健気で切なく見えます。

一方、サンタクロースや布袋は実在の人物をモデルにしていますが、彼らにも興味深いエピソードがたくさん♪
ぜひ調べてみてくださいね。

 

by  クラニャン


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即日出張買取!! 千代田区にて漫画家原画、リトグラフ、クラシックCD、DVD、ギフト品、帖佐美行、直筆原稿を買い取らせていただきました


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uemura shoen

 

日本画が続きます。

今回は女性の日本画家として文化勲章を受章した上村松園です。

女性が顔が良ければ多少はわがままだとしても許される、というのはどの時代も共通のことなのでしょうか。
「色気とはしぐさや形ではなく、精神的に相手を包んであげる上品な優しさのこと」といったのは三輪さんですが

彼女、上村松園もまた「女性は美しければよい、という気持ちで描いたことは一度もない。一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵こそ私の念願とするところのものである」という言葉を残しています。

その言葉の通り「美人画」という作品は数あれど、多くの作品はやはり男性が描いているからでしょうか
女性を描いていても女性の中の子供っぽいあどけなさを感じる部分がありますが、こういう部分もまた男性だけが思い描く女性像だったのかもしれません。

それとは反対に上村松園の描く女性は芯のある、凛としたいわゆる「大人の女」というイメージが私にはあります。

派手すぎない抑えめな色構成のなかに映える色を持ってくる色彩感覚も素晴らしいの一言です。

ヨシダ


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アクセサリー/貴金属類、焼物(陶器/陶芸品)、切手、額などをお譲りいただきました@東京都町田市鶴川


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今年は日本の明治から大正、昭和と活躍してきた川合玉堂の没後60年の様です。

写真はシルクスクリーンによる復刻工芸品ですが、川合玉堂は日本の風景や自然を愛し詩情的に表現したことで見る人を魅了した日本画家のひとりです。

今でこそ、日本の原風景を描いてきた画家のようなイメージが強い人物ではありますが
彼が出生地である岐阜県から上京してからは、当時のジャパニーズスタンダードともいえる狩野派の影響を受け、
後に転換期と言われる頃には、余白と構成美と言われる琳派や、他に南画まで研究を経て
晩年になると作品はむしろ、その土地の自然や人々に寄り添うような優しく牧歌的な空気感になっていきます。

彼が晩年居を構えた東京都西多摩は後に玉堂美術館となっています。
御岳渓谷を流れる多摩川の近くに建つこの美術館の周辺は、ロッククライマーたちの聖地ともいわれており
自然も多く残った土地となっています。

 

ヨシダ

 

 

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【連載第4弾】中国文物局による文化財海外持ち出し禁止条例について【書籍 編】

「中華人民共和国文物保護法」「中華人民共和国文物保護法実施条例」に基づいた「文化財海外持ち出し審査基準」の考証、第四回目の本日は「7、図書文献」について、くまねこ堂流に掘り下げていきたいと思います!

今まで取り上げてきた項目はいずれも生活に関するものなので「生活資料の貴重品」でありますが、やはり機密文書や重要な情報を含む「図書文献」に関しては簡単に片付けることはできないようで、表を見る限りでは「1949年以前のもの」の規準が多く、かなり厳しく設定されているような感じを受けます。
博物館に展示されているのをご覧になったことがある方も多いかと思いますが、書籍のルーツといえる「竹簡、木簡」に関しては文字が無いものから一律持出禁止となっております。

7図書文献
7.1竹簡、木簡 文字が無いものを含む 一律持出禁止
7.2書簡 1911年以前のものは持出禁止
有名人の書簡 1949年以前のものは持出禁止
本人またはその親族の一般的な往来書簡はこの限りではない
7.3原稿 1911年以前のものは持出禁止
重大な歴史的事件と関係するもの、或いは著名人が書いた重要な文献、電報、手紙、題字、代表的な著作の原稿等 一律持出禁止
本人に属する手紙、題字、代表的な著作の原稿等はこの限りではない
7.4書籍 1911年以前のものは持出禁止
例えば図書集成、四部双書、双書集成、万有文庫等、残存量が多くない木版書、及び石印、鉛印の大部双書(揃っているもの) 1949年以前のものは持出禁止
重要な歴史的、学術的価値を有する新聞・雑誌、教材、図書等 1949年以前のものは持出禁止
重大な影響を有する出版物の初版或いは最も古い版 1949年以前のものは持出禁止
指導的人物の重要な注釈手跡があるもの 一律持出禁止
地方誌、家系図、族譜 1949年以前のものは持出禁止
7.5図籍 各種方式で印刷及び制作された天文図、地図、水道図、水利図、道程図、国境警備図、戦功図、製塩場図、行政区画図等 1949年以前のものは持出禁止
非公開で発売された各地の地図等 一律持出禁止
7.6文献・身上調書   1911年以前のものは持出禁止
重要な歴史的価値を有するもの 一律持出禁止
重大な事件或いは各群衆運動の中で配布、貼り付けられた宣伝ビラ、スローガン、漫画等 一律持出禁止
重要な戦役の戦況報告及び関連する宣伝品等 一律持出禁止

木簡が最も使用されたのが8世紀末ということなので、この時代に書き込まれたものが中心となると海外持ち出し禁止に指定されるのも頷けますよね。

また書簡、原稿なども持ち出し禁止のほか、なんと1949年以前に出版された書籍も一律持出禁止ということでなかなか厳しい!
中国のある古書通信販売店の総括サイトの日本語訳ページに目を落とすと『尚、出版形態の如何を問わず、軍事、政 治、思想、少数民族等に関する本で、上海港より出港時の税関検査等において当局に没収されそうな内容の本は、ご注文をお断りする場合がありますので、予めご了解下さい。』との記載があります。…まぁ、それは条例ですから当然の記載なのですが、それとは別に発送の規定を見てみますと「尚、ご注文頂いてから概ね二ヶ月経ってもお手元に到着しない場合は、何らかの理由で入手が出来なかったとお考え下さい。」って…。利用するのに覚悟を必要とするような記載がありました…。

またついでにはなってしまいますが、2012年にあるニュースが中国で報道されています。
50代の日本人男性が中国の海外持ち出し禁止条例に該当する漢籍(中国の和本)を日本に持ち帰ろうとして失敗したというものでした。
関税で没収された紙袋二つ分の漢籍と骨董品は、広東省文化財鑑定部での鑑定が行われましたが、58品のうち57品は持ち出し禁止の規定に該当するもので、残りの一品は持ち出し制限品というものだったそうです。
その後この男性がどのような処分を受けたのかはわかりませんが、意図的に流出を計画していた場合には懲役刑や罰金刑などが科されるそうです。
※没収された書籍の画像を見てみると表題に中国の随時代以前につくられた詩をまとめた書籍「古詩源」などが写り込んでおります。

骨董だけではなく中国の古書事情も見えてくるようですね。
それでは次は第5弾、中国文物局の海外持ち出し審査基準よりランダムでピックアップし、持ち出し禁止品について取り上げていきたいと思います!!

こばちゃん

リピーターのお客様から白檀、線香、高橋道八、急須、輪島塗、茶器、茶掛、お茶道具、木彫仏像、銀杯、掛け軸、リトグラフ、吉川観方をお譲りいただきました@埼玉県さいたま市大宮区


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埼玉県さいたま市大宮区のリピーターのお客様から白檀、線香、高橋道八、急須、輪島塗、茶器、茶掛、お茶道具、木彫仏像、銀杯、掛け軸、リトグラフ、吉川観方をお譲りいただきました

 


disney mickey book

 

本日は昭和25年に毎日新聞社から発行された「ミッキー・マウスのアメリカ旅行」のご紹介です。

この年代のミッキーは今のミッキーに比べると若干ネズミよりのヴィジュアルをしていますね。かわいいです。

パラパラと読んでみたのですが、アメリカ漫画読本と子供用の本のように書かれていますが、個人的にはだいぶしっかりした内容の為、対象年齢も比較的高いと推測します:roll:
しかも、この本が不思議なのは訳者が書かれていないところです。
普通なら外国の本は「訳者」の方の名前が書いてあるのにこれには書いていません。

毎日新聞社の人がコツコツ訳したのかしら.....と思えるような箇所がいくつもあります。

たとえば「fried egg=たまごのフライ」と訳されている箇所はご存知「目玉焼き」ですよね。
卵のフライもないこともないのかもしれないですが、話の前後から「目玉焼き」で間違いないと思われます。

他には「ポップコーン」の説明も入っていました。
ポップコーンは<トウモロコシをふくらませたもの、ばくだんあられ>という注がはいっていました。
なかなか興味深い表現方法です。ばくだんあられ....

他にも「トロンボーン<いわゆるラッパの一種>」だったり「グレープフルーツ<果物の一種>」といったようにカタカナの言葉には注が入ります。
こういったところに60年程前の歴史を感じますね。
あとはここには書けませんが今では使われない差別用語も普通に書いてあったりもして.....

だいぶ昔の本のためだいぶイタミがある商品ではありますが、アメリカの話しをしている本のはずなのに何故か日本の当時の歴史も感じられる内容となっています。:hei01:
ヨシダ


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アレ・ブレ・ボケの写真家、森山大道の希少なヌード写真集「蜉蝣」をお譲りいただきました。


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アレ・ブレ・ボケの写真家、森山大道の希少なヌード写真集「蜉蝣」をお譲りいただきました。

moriyamadaido kagerou

 

スナップ写真で有名な森山大道唯一のヌード写真集といわれている「蜉蝣」
唯一と言われているのもそのはずで、アーティストの横尾忠則とのニューヨーク渡航費用を稼ぐことを目的に制作された写真集だからです。

しかもこの写真集、官能小説家の団鬼六が協力しているそうで:shock:
出版目的も交友関係も豪華すぎてなにがなんだか.....

ただ、けして「やっつけ」仕事なわけではなくちゃんとしていますが、なんでしょう
やはりヌード写真が多くないからでしょうか、ちょっと女性の緊縛を撮るのに不慣れな感じもして
なかなか新鮮な印象のある写真集に思います。

 

ヨシダ

 


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写真:篠山紀信、監修:団鬼六、構成:宇野亜喜良 豪華布陣による緊縛写真集「緊縛大全」をお譲りいただきました。


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写真:篠山紀信、監修:団鬼六、構成:宇野亜喜良 豪華布陣による緊縛写真集「緊縛大全」をお譲りいただきました。

shinoyamakishin kinbaku

 

この豪華な布陣。そのひとたちが力を合せて作った緊縛写真。
もはや一周まわって異色としか言いようがないんじゃないでしょうか。
(今の時代じゃ作られないですよw.....)

名の通り趣向性の強い一冊となっておりますが、やはりこの豪華メンバーにやって構成されているだけあって
構成もグラフィックのレイアウトやデザインからもはや一言で「エロス」とはいえず
アートにより近いものになっていると私は感じます。

 

ヨシダ


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《神奈川県横浜市港南区!》貴金属・お茶道具・煎茶道具・カメラなどを即日買取させていただきました


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今回は鉄道マニアの方から多くの鉄道グッツをお譲りいただきました!!
その中には1960年代~1980年代までに使用された切符もたくさんございました。

マニア向けの国鉄時代の硬券の数々…。
日本の鉄道チケットはサイズによって、基本的に A券(3 cm×5.75 cm)、B券(2.5 cm×5.75 cm)、C券(6 cm×8.75 cm)、D券(3 cm×8.75 cm)と区別されており、ここもマニアがこだわるところですね!
行き先を見てみると、お持ちだった方は日本全国を旅されたことがわかり、「国鉄線」の表示が時代を感じさせます。
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そして1960年代半ばに発行された「周遊券」の外袋の数々。レトロな雰囲気が魅力ですね!
地域の特色を反映したもの、モダンなデザインのものなど…このシンプルさに昭和を感じます。
またJRになる直前の青春18キップもありましたが、今とはデザインも大きさも別物ですね~

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そしてそして、極め付けはこちら!!
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加山雄三の父で伝説的な二枚目俳優・上原謙と昭和を代表する美人女優・高峰三枝子、往年の美男美女コンビが数十年振りに復活し、世のおじいちゃんおばあちゃんを喜ばせたフルムーンの広告入りチケット袋まで(涙)
さすがは昭和のウルトラスターだけあってお二人とも華やかでバブリーで、様になっております!

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※若い頃のお二人(1940年頃)

高峰三枝子さんは市川崑監督の「犬神家の一族」で「佐清!この薄情な人たちに仮面をめくっておやり!」と家族会議の場面で叫ぶ長女・松子夫人(すけきよの母)を演じたことでも知られていますが、高峰三枝子ファンの私としましては終戦直後に制作された五所平之助監督の映画「今ひとたびの」の気高く美しい姿を忘れることができません。

…と話がだいぶそれてしまいましたが、フルムーンのチケットは現在でいうところの休日倶楽部のようなのですすが、規約をみると特にシニア向け、60歳以上限定などの制約はなく、70歳以上は割引になるとのことのみ記されているので、年齢は関係なく夫婦割引のようなものだったようですね。

くまねこ堂では古書や古美術品のほかにも、鉄道グッズなどのコレクターズアイテムも積極買取をさせていただいております。

byこばちゃん

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【杉並区善福寺】 絵画、酒瓶大量(サントリー等)、酒類ノベルティ、ビアマグ、日本刀、銀製品(タバコケース、銀杯)、戦時品、ベルト、切子グラス(デカンタ)、腕時計、レコード、ガラス瓶、置き物、万年筆、ネクタイピン、記念コインなどをお譲りいただきました!


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今回お譲りいただいた中には、『復員引揚の皆様への栞』(香川県厚生課・同胞援護会香川県支部)、『復員の手引』(舞鶴上陸地支局)など、大東亜戦争から帰還した復員者に配布された貴重な冊子や書類などがございました!
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戦後50年と言われた時代からはや20年以上も経過し、今年で戦後72年という歳月が流れました。
兵士として戦地に赴き、或いは銃後を護った世代も90代以上の御高齢となり、今やなかなか当時の話を伺うのも難しい時代となりつつあります。
仙花紙といわれた粗悪な洋紙に印刷された案内の数々はかなり興味深いものばかり。
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『復員の手引』に目を落としてみますと、
【皆様長い間ほんとうに御苦労様でした。幾多の苦難を突破して今日祖国日本への期間が実現しまして皆様の御喜びは如何ばかりでせう。私達も心から御喜び致します。又御留守宅ではどんなに御待ちでせう】
とあり、このやさしい言い回しに胸を打たれる思いがいたします。
【後一両日であこがれの内地に到着されますが終戦後祖国は明朗に又健全に復興を続けております。どうかご安心下さい】
とあるので、復員船に乗船した際に配布されたものであろうことが推測でき、また実際の日本の状況とは異なる「明朗」「健全」「復興」などの希望の言葉が散りばめられてあるのが引っ掛かります。
他に貴重な記載として、復員者の支援がどこでどのように行われていたかが明確に記されており、「元陸軍省が復員局になった」「厚生省の中に引揚援護院が開設されていた」などなど、とても勉強になります!
また「未だに帰らない人々の消息を教えてください」「帰郷されたら」などの解説がされておりますが、私が注目したのは「身分処理について」という部分。
【軍籍にあったからとて  内地に帰還してから労役に服したり、戦争犯罪者に問われたりすることは決してありません。安心して家庭に帰れます。】
とあります。終戦後に多くの噂が飛び交い、戦犯として処分されるのではないかと軍籍のあった方々や文化人の方々まで心配されたということを耳にしたことがあります。それにしても、生々しく当時の様子が伝わってきますね。

また香川県で発行された『復員引揚の皆様への栞』には、
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【皆様を迎へる日本の国状は予想以上に荒廃して居ります(略)】と記されてあります。

これらを踏まえ、復員の流れとしては
《外地で復員船に乗船》→《舞鶴港・函館港に到着》→《予防接種やDDTを受ける》→《日本に上陸》→《復員連絡所》→《帰宅》
となっていたようです。

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買取をさせていただいた中には、日本に上陸するにあたって受けた予防接種の證明書も含まれておりました。現在の日本では耳にすることはありませんが、当時としては身近な恐ろしい病気であった「コレラ」や「腸チブス」(チフスに非ず)などが記されております。

本当に戦争とは大変なことなんだなぁとつくづく感じられる貴重な資料ありがとうございました!

このようなことを書いていると、耳の奥底から田端義夫さんの「かえり船」が聴こえてくるようです。

byこばちゃん

 


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名品、重要文化財などの復刻工芸品の掛け軸を大量にお譲りいただきました。


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上村松園、雪舟、横山大観 、鏑木清方など

有名な日本画家の複製掛け軸が大量に入荷いたしました。
いくら複製とはいえども、しっかりと絹本、額装、桐箱、などが揃えば値段もお高いという事が今回初めてわかりました。

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上記の絵は「狩野探幽」という江戸初期に活躍した狩野派の絵師の作品です。

狩野派といえば日本最大の画派で、室町時代中期~江戸時代初期のその間400年にもわたり画壇の中心として活動してきた専門画派集団です。

一口にサラッと400年とか書いてますけどとんでも膨大な時間の中で活動してますね........
先日、大量に複製工芸品がくまねこ堂にも入ってまいりました。
複製と言っても単純に印刷がされたものだけではなく、木版画からリトグラフ、シルクスクリーン等大分手の込んだしっかりしたものです。

シルクスクリーンは私の専門ですが、布の場合は基本的には色の重なりによって色数を増やしていくのが普通なため
全部で5版もあればだいぶ凝った色合いやデザインができる、という感覚だったのですが
今回複製品のシルクスクリーンの版を見てみたところなんと「27版」というものすごい版の数を使っているシルクスクリーンがありました:shock:

経験者から見ると眩暈を起こしそうな版の数で.......
溜息がでるほどボリュームのある印刷と、軸装などなど
技術を贅沢に詰めた掛軸は複製といえども、本物よりも需要があるという話には頷けます。

技術を愛でるということや、部屋に絵を飾るという習慣も絶やしたくないものだなあと思います。

 

ヨシダ

 


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豊島区巣鴨にて【即日出張買取】 国風盆栽カタログ、水石、鑑賞石、盆景等の本、色紙、中国書画などをお譲りいただきました!


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今回は戦前からレコード会社に勤務されていた方の遺品整理で書画のほか、1950年代の国内外EPレコード、テスト盤をたくさんお譲りいただきました!ありがとうございます!!
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1950年代までシングルレコードといえば、重く落とすと割れてしまうSPレコードが主流でしたが、ビニール製で落としても割れず数十分の音楽が収録可能なLPレコード(LP=Long playの略)の開発を追うように、SPレコードよりサイズが小さいEP盤が開発されました。

日本でEP盤(ドーナツ盤)が生産がはじめられたのは昭和20年代の後半からのことで、当時の最大手レコード会社・日本コロムビアでは昭和29年から流行歌のEP盤が発売されるようになりましたが、今回お譲りいただいたのはこの時代のもの!
EPといっても4曲収録のCP盤(コンパクト盤)で、当時のトップアイドル美空ひばりさんのものから、特に珍品といえるのは日本人が歌ったカバー曲を集めたEP盤の数々…。
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コメディアンでジャズドラマーだったフランキー堺さん、今も現役のジャズシンガー柳沢真一さん、日本が誇るエンターテナー越路吹雪さん、少女ジャズ歌手でハリウッド映画にも出演した沢村みつ子さん、また画家・東郷青児氏の娘である東郷たまみさんの歌手時代のものまであり、またジャケットの昭和レトロなデザインも素敵ですね!シビれます。

山口淑子さん(李香蘭)や胡美芳さんの中国の歌謡曲を収録したものもあり、これも名盤といえるでしょう!

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「ジャパニーズ・ルムバ」「ゴメンナサイ」など進駐軍ソングも収録されたレコードもあり時代を感じさせます。
進駐軍ソングとは敗戦後、進駐軍の兵士たちに唄われたもので、とにかく日本語の単語をただちりばめただけの日本語練習ソングともいえるかと思います。
例えば「ジャパニーズ・ルンバ」の歌詞をみてみると、「♪どこいくの ここいらっしゃい ちょっとあのね おはようございます ジャパニーズ・ルンバ アイアイアイ…」というもので、歌うのはノーメン西本、ジャージ島袋。どうやら日系人のジャズシンガーらしく片言の日本語で歌う音源は、とてもユーモラスです。

これらのレコードが発売された昭和30年頃はまだまだSP盤が主流の時代、EP盤用のプレーヤーを所有していた方はごく限られていたと思われるので、どれくらい売れたのかは想像がつくかと思います。

これらジャケットがあるものから社内の「編成課」のスタンプが押印された無地のジャケットに、レーベル面には万年筆で曲名と歌手名が記された、これぞテスト盤!が何枚も何枚も…目が回りそうです。そこには美空ひばりさん、島倉千代子さん、越路吹雪さんなどなど…伝説の名歌手の方々のものが!これでお蔵入り盤、テイク違い音源が発見されたら、まさに音楽史の事件になりそうですね。

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くまねこ堂では古書、書画、骨董、美術品のほか、LP、EP、SPなどのレコード類も買取をさせていただいております!

byこばちゃん


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神奈川県川崎市にて、SONYデジカメ、掛け軸、工芸画、リトグラフ、カメラ、ノリタケ、オークラ、ローゼンタール、鉄瓶をお売りいただきました


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くまねこ堂では鉄道、電車、車、船、戦車、飛行機等の乗り物のプラモデル、コレクション、おもちゃ等も査定させて頂いております:track:

 

「TOYOTA2000GT」、「日産スカイライン2000GTーR」、「ランボルギーニ イオタSVR」、「ジャガー Eタイプ クーペ」、「ダットサン240Z 1972モンテカルロ No.5」のプレミアムコレクションモデルと精密スケールモデルが入荷致しました!

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写真右側「TOYOTA2000GT」はトヨタ2000GTは1967年~1970年のスポーツカーブームが流行り始めた時代に開発された、日本が世界に誇れるスポーツカーの代表格:crown:なんですね!
現代に生きる私が見ても、どこか未来を感じるフォルムが目を惹きます!

写真左側の4台は、ファンも多いビックネームのオンパレードです:b_body_jump:あまり車に詳しくない私も聞いたことがある名前です!
ボンネットが開閉式なんですよ~:wa-i::hand:細部まで見どころが満載です!

 

かこさん


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◆神奈川・鎌倉◆ ロックバンドの帯付きレコード ギャグマンガ(モーレツア太郎、がきデカ、トイレット博士、ド根性ガエル) 、古銭、象牙の像、ミニカー、キャラクター消しゴム、古書などをお譲りいただきました!


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本日お譲りいただいた中には、「弥栄(いやさか)」と記された昭和30年代?の芳名帳がございました!
どのような会だったかは記録がありませんでしたが、栄転だったりお祝い事だったと推測ができます。

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何気なくページをめくっていると、とんでもない人たちの名前が!!
腰を抜かしそうになりつつ確認していくと…

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昭和を代表する写真家のひとり岡田紅陽(1895-1972)は日本写真協会の設立者。写真マニアの私にはドキリとさせられるビッグネームです。
そして極め付けは、こちらの二人!!!

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「藤田小女姫」「早川雪洲」の署名!!!すごすぎて眩暈がいたします。

まず藤田小女姫(1938-1994)は少女時代から「天才少女」「十代の生神様」と謳われた占い師。政治家などの大物たちを顧客としながらも若く愛くるしい容貌がメディアで取り上げられてアイドル的な人気を集めておりました。しかし息子とともに暗殺されるという謎に包まれた生涯を終えることになります…。
そんな小女姫氏のうら若き頃の署名になります。

そしてそして早川雪洲(Ⅰ886-1973)といえば、日本人初のハリウッド俳優であり、ハリウッド映画史上一番最初のスター俳優ともいわれている方です。1914年に映画俳優デビュー後、東洋エキゾチックの代表的な人物としてアメリカで絶大な人気を博し、プライベートでは城を買取り、毎晩豪華なパーティーを主催。ある雨上がりの日、パーティー会場入りしようと車から降りた雪洲の目の前には大きな水たまりが…
すると駆け付けた女性ファンたち、自分たちが着用していた高価な毛皮を水たまりに投げうって雪洲の靴を濡らすまいとしたという逸話が残されております。

関連画像

日本に帰国後も映画や舞台俳優として活躍し、現在観られる作品には1937年にドイツの映画会社と提携して制作された「新しき土」があります。本作品では若き原節子の父親役として重厚な演技を示しております。
また晩年にはハリウッド映画「戦場にかける橋」で、その存在を再び示したことは、あまりにも有名だと思います。早川氏の豪傑的な人物像を物語るような、力強い筆跡ですよね!

私の独断と偏見で三人しかご紹介できませんでしたが、今回の芳名帳には政治関係、芸能関係、報道関係などなど、幅広い方々の名前が見受けられ、どんなパーティーだったのか想像するだけで興奮ものです!

くまねこ堂では、書家、政治家、文化人などによる揮毫、色紙、掛軸、短冊なども積極的に買取をさせていただき、口コミでの評判もいただいております!

こばちゃん


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【第4回】「汝窯天青釉洗」、香港サザビーズにて●●億円で落札!!

こんにちは、クラニャンです!

今月初めに、香港サザビーズの競売で「北宋汝窯天青釉洗」が中国陶磁器史上最高額で落札されました。
このニュースをきっかけに、くまねこ堂ブログでは「汝窯」の青磁ってどんなものなの?という疑問について、シリーズで考えてみることにいたしました(*^-^*):hoshi1:

第1~3回(10月15日~17日)ブログでは、まず実際の作例を近年の国内展覧会からいくつか眺めてみました。釉調に幅はあったものの、どれも上品で神秘的な青が印象的でしたね。

後半の第4~6回では、そもそも「汝窯」とは何なのか?という問題について、研究史を簡単に振り返りながら勉強してみたいと思います。なおその際、『聚美』Vol.22、学研プラス(Gakken Mook)、2017年を参考文献とさせていただきました。

汝窯

 

まず今回のテーマは…
「汝窯」という名称はどこから出てきたの??
 北宋末~南宋時代:文献に記された「汝窯」

「汝窯」という窯名は、最近の研究者がつけたものではありません。
この名前が最初に登場するのは実は約900年も前、北宋時代(960年 - 1127年)末~南宋時代(1127年 - 1279年)の諸文献のなかでした。(※以下の引用部分は、今井敦「汝窯への道—青磁の理想像を求めて」上掲雑誌56頁に依拠しています。)

◆周輝『清波雜志』(南宋)

例えばこちら、周輝という人物が著した『清波雜志(せいはざっし)』には、以下のような記述がみられます。

「汝窯は宮中の禁焼なり、[…] ただ御に供え、揀[えら]び退けてまさに出売を許す。近ごろ尤も得難し。」
(汝窯は宮中専用のやきものである。[…] 通常は天子のためだけに供され、選別され焼成不良品とされたものだけが販売を許される。近ごろとりわけ入手が困難である。)

◆陸游『老学庵筆記』(南宋)

また、南宋の代表的詩人としても知られる陸游(りくゆう)が著した書物にも、次のように書かれています。

「故都の時定器は禁中に入らず、ただ汝器を用う[…]」
(北宋の時代に定窯で焼かれた白磁は宮中に入ることがなく、もっぱら汝窯で焼かれた青磁が用いられた[…])

 

このような文献を読んだ後世の人々は、
「北宋時代、汝窯と呼ばれる窯で宮廷御用達のやきものが焼かれていたらしい……南宋時代にはすでに超レアアイテム(「近ごろ尤も得難し」)だったらしいが、いったいどのようなやきものなのか?今も目にすることは可能なのか?……気になる(゜゜)!!!」

と強い関心をそそられたようです。
こうして、文献中に記された汝窯とはどのようなものか?という問題が、長く中国陶磁史研究上の一大懸案となりました。
つまり研究史の流れとしては、まず「汝窯」という名前が先に知られており、その指し示す作品群を突き止めるという方向で調査が進められたのですね。

 

次回以降は、20世紀の研究者たちがどのような作品を汝窯とみなしてきたか、その変遷を見ていきたいと思います(^ω^)/

 

by クラニャン

 

中野区: 即日出張にて、軍服、勲章、真鍮の印泥入れ、楽焼のグイ飲み、古書を買取させていただきました


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今回お譲りいただきました、第二次世界大戦中の指揮官として戦史に名を遺された某陸軍大佐(死後に中将となる)の遺品を紹介させていただきたいと思います!※プライバシー保護のため名前を伏せさせていただきました、ご了承くださいませ。

お譲りいただいた遺品の中には、ご本人が使用された大礼服から軍服の装飾品、未使用の襟章や勲章などがございましたが、特に写真の数々には今となっては見ることが出来ない貴重な様子が記録されておりました。
この陸軍大佐の簡単な経歴を記載させていただきますと、陸軍士官学校を卒業後ドイツに留学し、帰国後は横浜専門学校、陸軍士官学校のドイツ語教師などを経て、1940年に某連隊の連隊長に就任します。
当時の軍人と言えば豪傑なイメージがありますが、氏は学者肌の軍人だったということで、写真帖にはピアノを奏でる写真も含まれておりました!着物にピアノ、大正ロマンを思わせる一枚ですね。

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また1937年には朝鮮・安東の陸軍学校(?)にも赴任しており、当時の日記帳も残されておりました!
日記帳を紐解いてみますと…
「6月11日(金)晴 大分生徒の行儀が悪いので河内大尉のいやみあり。生徒一同を集め教官の顔に泥を塗るなと訓示する所あり。実際生徒の行動は公明正大でなく不快なり」と指導者らしい記載もありつつ、ほかにも日々の軍の行事などについて人間的な冷静な感想もみられるので「学者肌の軍人」だったという人物像にも納得ができます。
注目は日中戦争(当時は支那事変、日支事変などと言われた)の勃発時の日記!!
「…北支事変(ママ)に関しての準備なり…」などの記載があり、当時の軍人の様子を如実に知ることが出来ます。
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そして、このような時代を経て、1943年頃フィリピンのレイテ島に移駐したことが、その後の氏の運命をかえます…。

レイテ島の戦い(レイテとうのたたかい)は、1944年(昭和19年)10月20日から終戦までフィリピンレイテ島で行われた、日本軍アメリカ軍の陸上戦闘である。日本軍の当初の作戦では、ルソン島では陸軍が中心となって戦闘するが、レイテ島を含む他の地域では海軍及び航空部隊により戦闘する方針だった。ところが台湾沖航空戦で大戦果をあげたと信じた大本営は、フィリピン防衛を担当する第14方面軍司令官・山下奉文大将の反対を押し切り、作戦を急遽変更して陸軍もレイテ島の防衛に参加して迎え撃つこととした。ルソン島に配備されるはずだった多くの陸軍部隊がレイテ島へ送られたが、輸送途中で大損害を受けた。日本軍は補給の見通しが甘かったことから多くの餓死者を出した。約2ヶ月の戦闘でレイテ島の日本軍は敗北し、大半の将兵が戦死する結果となった(Wikipédiaより)

以上のように第二次世界大戦史のなかに特記されるほどの激戦となったレイテ島の戦いですが、この陸軍大佐も敵の砲弾を受けながら奇跡的に生還しましたが数日後に自決をされたとのことでした。日本軍の戦死者は 79,261名。本当に戦争は恐ろしいと実感させられますね。

今回お譲りいただいた写真には、氏がレイテ島に移駐した1943~1944年10月までのものが数十葉あり、激戦直前のレイテ島の様子を撮影した歴史的なショットがたくさん含まれておりました。
そもそも第二次世界大戦は、当時日本では大東亜戦争と称されており、1941年の真珠湾攻撃後、国際社会から孤立した日本は、連合軍側から資源の輸入を止められてしまうという状況に陥ったため、あらたな資源を求めるべくフィリピンやマレーシアなどの南方地方の国々を占領していき「大東亜共栄圏」を築き上げていきます。
その大東亜共栄圏時代のフィリピンの様子を記録したスナップ写真はかなり貴重といえますが、その理由としては「撮影できる人間が限られていたこと」「激戦のために写真が消滅」してしまったことがあげられるかと思います。そんな状況の中、激戦前の数ケ月間に内地の家族へ沢山の写真を送っていたことが、これだけの写真が残った理由になります。

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1943年夏に撮影されたこの写真の裏面には「俘虜訓化所修業式」とあります。俘虜とは捕虜のことですが、訓化所とはどんなところだったのでしょうか?日の丸を掲げ、日本軍人が現地人に訓示を行っている様子は、当時の様子を象徴しているように思います。

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上写真と同時期に撮影されたこちらの写真には「コンセプションにて」と書き込みがされております。例えば「演説」や「訓示」と記さず、コンセプション(=「英語、フランス語で概念受胎などを意味する。(Wikipediaより)」)と記入してあるところに当時の日本軍の思惑をくみ取ることができます。

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こちらは現地の町長、知事、警察隊長らと撮影した一枚で、移駐した挨拶に訪れたときに撮影されたものでしょうか。割れた窓ガラスの目隠しに、当時日本で発行されたプロパガンダ写真誌が貼付されているのが、素朴で面白くもあり、どこか意味深な印象を受けます。

平和な時間が流れているような写真の数々ですが、これら写真が撮影された1年ほどの間に多くの命が奪われた「レイテ島の戦い」が勃発するのです。
1944年10月23日に 氏が自決したのちも戦いは続けられ、その2日後、レイテ島市街地を占領しかけていた米軍に対して「日本軍斬り込み」というとんでもない作戦が遂行されました。
当時の新聞によれば

『部隊長も斬込み(新聞名不明)』
「○○部隊長は自ら手兵数十名を引き連れて廿五日夜高地からタクロバン市街の敵陣地目がけて殴り込みを敢行、敵兵どもを震撼せしめた、
この部隊長自らの斬り込みは同戦線の最悪事態を示すものでなく旺盛な攻撃精神が抑へ切れず遂に同部隊長をして奮然突撃敢行をなさ
しめたものでこのため同部隊の士気はますます昂っている」

とあり、実際には部隊長であった氏は自決しているので作戦には参加しておらず虚報といえるでしょう。しかし報道する側もかつてのような美辞麗句を並べ立てて過大な戦果報告をするという姿勢はありません。日本軍の被害は一切記されてはおりませんが小さな記事にまとまられ、どこか負け戦が想像できるような記載になっています。

そして10月28日、氏なき部隊は玉砕。
これらの写真に写り込んでいる軍人や兵隊の殆どが、米軍との激戦で戦死したと思われますが、フィリピン現地の人々も犠牲になったのでしょうか?

氏の戦死は新聞でも報道され、東京湾要塞司令部の司令官で、かねてから友人関係にあり一時期はフィリピンにも移駐していた陸軍中将・大場四平(1890-1963)は氏の戦死の報せを受けて以下のような書簡を、1945年1月に遺族へ送付しています。

「(略)忠誠一徹なる閣下の御性格よりすればタクロバン附近に於ける斬込戦の御勇姿も眼前に髣髴として来り定めし鬼神を泣かしむる壮烈無比而も武功抜群なりしものと確信(略)茲に謹みてご生前に於ける深甚なる御友情を深謝し併せて敬弔の誠を捧げ候」

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大場四平陸軍中将の人柄が垣間見れる書簡ですね。
そしてレイテ島の激戦から1年も経っていない1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し無条件降伏で敗戦となったわけです。

くまねこ堂では陶磁器、書画などの骨董品以外にも、日本軍に関する軍服、大礼服、刀緒や勲章などの軍装品、古写真まで幅広く買取をさせていただいております!

byこばちゃん


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【神奈川県横浜市】 図録(日本画、仏像、骨董、青銅器など) 竹根の彫物 ★平凡社版 世界の陶磁などを買い取らせていただきました


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これは珍品!といった美術的価値の高い骨董品から、こんなものまでお金になるの!?といった古道具まで幅広く買取をさせていただいているくまねこ堂ですが、
今回は買取価格アップになるかもしれないポイントを、実際買取させていただいたお品物を実例としてご紹介させていただきます!

:!!!:(お品物の状態や、種類等々、一概にこちらでご紹介したポイントが全てに当てはまるという事はございません!ごめんなさい!あくまでもご参考としていただけましたら幸いです!)

 

Pioneer(パイオニア社)製 NOISE CANCELLING +SURROUND ヘッドフォン

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ではこちらのヘッドフォンで、プラスとなるポイントを挙げていきます。
今回は3つのプラス要素が見つかりました!

 

①まずは箱付き!このような電子機器のほかにも、オモチャやフィギュア、ジュエリーやアクセサリー等もパッケージやケースは残っていますでしょうか?焼物なら桐箱がありますでしょうか?作家名等、作品についての貴重な情報が書かれている可能性もあります。捨てていなければ押入れにあるかもしれませんので、査定の前に探してみてください!

②なんといっても未使用未開封!①で例として挙げさせていただいた品物の他に食器、陶器等、これ、買ったけど(貰ったけど)一回も使ってなくて結局箪笥の肥やしになっちゃってるのよね…ほこりかぶっちゃってるし…というお品物がもしかしたら買取対象のお品物かもしれません!物置の整理がてらに見てみましょう!

付属品に欠品がない!箱はあったけれど、この小さいくぼみに入ってたものってなんだろう…?といった、品物に付随するアクセサリー類。コードやメモリーカード、オモチャの部品、お部屋のどこかにつなぎっぱなし、置きっぱなしにしていませんか?また、骨董品の一例としましては、絵画であれば鑑定書、刀であれば銃砲刀剣類登録証をご一緒にご用意いただければありがたいです!

 

査定の前に、お時間があれば是非一度ご確認くださいませ:neko::hoshi1:

 

かこさん

 


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珍品◆1960年代に発売された電化製品カタログを大量入荷いたしました◆東芝、ソニー、ナショナルぼうや、紙モノ、昭和30年代


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買い取らせていただきました1960年代に発売された電化製品のカタログをご紹介させていただきたいと思います!

戦後、朝鮮戦争の特需景気や神武景気を経て、1959年今上天皇の御成婚、1964年の東京オリンピックなど明るいニュースが続いた高度経済成長期。それまで戦争の傷を負っていた日本から一気に世界の経済大国にのし上がり、総中流家庭といわれる時代に突入します。
その高度経済成長時代の象徴といえるのが、一般家庭への電化製品の普及だったのではないでしょうか?
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今回の買い取りでは1960年代に発売された電化製品のカタログが大量にございました!!
まず抱くのは戦後の惨めな時代から抜け出た「豊かな国 日本」というイメージです。
昭和30年代を語る際に欠かせない「三種の神器」(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)ほか、掃除機やポンプ、タイマー、炊飯器、フィッシュグリルなどのカタログの数々…

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中身を見てみると、とにかく楽しいです!

↓は東芝冷蔵庫(GR100ND形)のカタログですが、この人工着色的色彩がたまりません!
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基本的な形や配置は変わりないかと思いますが、冷凍庫の部分が冷蔵部分と同じフロアになっていますね。

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また別購入のオプションとして、冷水器(380円)やアイスクリームフリーザー(4500円)などが紹介されており、今もあったらいいなぁと思われるような品々が紹介されております。自動でアイスクリームができるというアイスクリームフリーザ―の4500円は結構高価だったのではないでしょうか?

また掃除についてのページには
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「直接水をかけて掃除しますと、絶縁が悪くなりますから…」

『絶縁』って!?

ちょっと穏やかではない感じがします(笑)

そして↓「電気釜」のパンフレットもなかなか面白いです。
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この時代の電気釜はお米を入れる釜の部分だけではなく、外釜の部分にも水を入れたんですね!
ご飯が炊けると勝手にスイッチが落ち、そこから20分くらい蒸らすとあるので、今と比べると幾つか手順が多いようですが、当時としては画期的だったと推測ができます。

これら日本人の貴重な生活資料、お譲り下さいましたお客様ありがとうございました!

こばちゃん

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